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キューピッドの囁き(後編)

これを勝てばリーグブロック優勝に大きく前進する大一番の試合。相手もほぼ勝点が並んでいたから、事実上の優勝決定戦みたいな試合だった。

試合に際して懸念があった。その日は試合会場が遠く、またアテにしていたギャラリーの女性陣を呼べなかったことだ。

試合会場に着き、雑用係としての監督業を始める矢先、A君がやって来た。

その後ろには何故かAちゃんが…。彼女は今日は観に来れないと言っていた筈だが。

ワシはニヤりとA君を見た。もしかしたらAのヤツ、今日は彼女に勝負するつもりやな。もしかして、もう勝負は済んだのか?

その試合は優勝を占う試合ともあり、メンバーの集まりがすこぶる良かった。交代枠入れて16人編成、フルエントリーは珍しい。

落としたくない試合…いつもなら先発するA君を敢えてベンチスタートにした。

どのポジションでもできるA君を切り札で使いたかったからだ。誰かパンクしてもポジションを埋めることも考えていた。

実に難しい試合になった。内容的にもほぼ互角。先制点を取るも1-1で折り返した後半残り15分にワシは決心した。

「ええとこ見せたれや」耳元で囁いてA君を前線のFWとして送り出した。

A君はポジションを問わない代わりに、突出して抜きん出た特長もない。もちろん上手いは上手いのだが。ただ彼のモチベーションはかなり高い筈。やってくれるさ。

残り5分を切った。コーナーキックのチャンスからゴール前の溢れ球がA君の元へ。

ベンチからは控え選手を含めて「撃て〜」の大合唱。

A君、見事にダイレクトでゴール右隅に突き刺してくれた。

もうベンチはお祭り騒ぎ。Aちゃんの弾ける笑顔も視界に入る。

ワシは心でガッツポーズをするも、まだ試合は終わっていないことをピッチに叫ぶ。

この後、無事に試合をグダグダに壊してくれて終了となった。

試合に付き添ってくれた妻からは「Aちゃんと一緒に来ているのに、何でA君を先発で使わなかったん?」とお咎めも受けたが、結果的には良い采配だった。

何故なら、25年以上経った今も、彼らは同じ苗字を名乗り、2人の子どもと仲良くやっている。ワシが会社を離れた今もきちんと連絡をくれる義理堅さに頭が下がる。

これは意図した采配ではない。彼らが自分たちで掴み取った結果だ。

でも、彼らの人生の大切な場面に関われて良かったと感謝している。

いつまでも幸せに暮らしてほしい。