#9 時給690円の地蔵
前回は私のやりたいことや大事にしていること、そしてこれからの方針を書いた。
あのねぇ、みんなユーコさんみたいに仕事が好きなわけじゃないんですよ
そんなことを思う人もいるだろう。
私だって生まれながらの働きマンでは無かった。
時給690円。私の「労働」のはじまり
私が通っていた私立高校はアルバイト禁止だった。
もっとも部活に打ち込む生徒がほとんどで、吹奏楽部員だった私にもそんな時間はなかったのだけど。
だから高校時代に私の周りで「今日バイトなんだよねー」的な会話も一切無く、私は進学のため上京した土地で人生初のアルバイトを経験した。
1人暮らしのアパートの家賃とは別に、両親からは毎月十分すぎる額の仕送りまで貰っていたからその必要は無かったのだけれどなんとなく、やってみたかったのだ。アルバイトというものを。
選んだのは近所の某ファストフード店。
お店の外のバイト募集のポスターを見て応募した。
時給690円。週3回、1日3~5時間程度だったと記憶している。
今、当時の私が目の前にいたら引っ叩きたくなるような、私はそんなバイトだった。
時間が過ぎるのを待つ時間
とにかくやる気のないバイトだった私。
接客業のくせに「笑顔」なんてものは皆無で、まるでそうすることがかっこいいとでも思っていたのか馬鹿だったのか、終始無表情でその日のシフトが終わるのを待っていた。ほとんど地蔵。
物覚えに関しては当時から良かった。
教えられた仕事はそつなくこなした。ただし無表情で。
そんな無表情な私の人生を変えた出会いがあった。
は?
いつもは朝の時間帯に働いていた伊藤さんという男子大学生がいた。
みんなとは違う制服、バイトでも時間帯責任者ができるという、いわゆるバイトリーダーのその人がいなければ私の人生はどうなっていただろうか。
誰かのシフトと変わったのか、ある日その伊藤さんと夕方のシフトで被った。
伊藤さんはとても仕事ができる学生さんだった。
たまに見る店長の働きぶりと比べても何の遜色も無く、てきぱきとあらゆる仕事をこなしていた。
シゴデキ伊藤さんは新人の私にも当然気を配ってくれ、わからない仕事を教えてくれたりオーダーミスもそれはそれは鮮やかに対処してくれた。
(あと15分か。トレーでも拭いて時間潰すか。)
などとなめた思考でのそのそとトレーの拭き上げをしていた私に、伊藤さんは近づいてきた。
「結構仕事覚えてるね!」爽やか~な笑顔の伊藤さん。
「はい。」少し引き攣ったような顔で答えた私。
「でも俺は、お前からはハンバーガー買いたくないけどね!」
は?
は?
は?
「俺はそのトレー1枚3秒で両面拭けるよ。もっとさ、考えて仕事しろって。ま、がんばって。」
そう言い残して彼は立ち去った。
それまで、人から怒られることなんて学校のクラスとか学年単位で「連帯責任」がどうだと吠える先生のそれをどこか遠くで聞いている時ぐらい。
私は品行方正な生徒だった。
親から怒られた記憶も無い。
決して彼らが甘やかしたのではなく、怒られる要素が無い子だった。
末っ子だから上手く立ち回った?いや、3つ上の兄もまた品行方正だったからシンプルに平和な家庭だったのだ。
ともかく、そんな私に伊藤さんはとんでもないミサイルを撃ち込んできた。
そしてのちにこれが私の人生の転機となるとも知らず、伊藤さんへの怒りに満ちた帰り道。
もう辞めてやろうかとも考えた。
1人の家で何度も伊藤さんの言葉を反芻して、繰り返し押し寄せる怒りや悲しみのいろんな波が消えた後に残ったのは
悔しい。絶対あいつを見返してやる。
という闘志だった。
変わろうとしたこと、変わって見えた景色
シゴデキになってやる。
次あいつに会うまでに変わってやる。
静かに闘志を燃やした私は、周りの人をよーく観察し完コピすることにした。
AさんよりBさんの方が良く見えればBさんを真似て、Bさんを真似ることができたらそれ以上のクオリティで仕事をするよう心がけた。
何より接客業なのだから笑顔、笑顔。
ニコニコして働いていると時間が経つのはあっという間で、とにかく楽しいと思えるようになった。楽しくなればもっとたくさんシフトに入りたくもなったし、連動するように周りの人たちとの人間関係も上手くいった。
満を持して、対決の時
それから3ケ月後。夏休みが来た。
朝のシフトに入れば伊藤さんがいる。
待ってろ伊藤さんよ。
朝のお店。
伊藤さん、そしてユーコ。
え!2人!?
盲点だった。開店時は2人体制だった。
あの初対面以来、何度かバックヤードで顔は合わせたが挨拶程度だった私たち。どんな顔で戦いに挑めば良いものか…
まぁいい。私の仕事振りを見るのだ伊藤さん。ククク…
数時間後。
何人かのバイトさんが出勤してきて、私たちは揃って休憩時間になった。
2人きりのバックヤード。
「お前さー」伊藤さんが口を開いた。
「すげー変わったな。がんばったんだな。」
なーーーーーーー!
何か1つぐらい、ダメ出しでもしてくるのかと思っていたから拍子抜けしてしまった。
めっちゃいい人かよ!勝手に「伊藤め!復讐や!」とか思って本当すいません、と脳内で100回ぐらい謝った。
とにかく、嬉しかった。
私と伊藤さんのその後
あれだけ敵対視していたのが噓のように、夏休みの期間を、朝シフトの良きパートナーとして働いた私たち。
夏の終わりと共に、またそれぞれのシフトで別々に時間を過ごした。
私は19歳になった。学校が終われば相変わらずしゃかりきでバイトする日々。
空気の冷たい1月のある日に「バイトリーダーにならないか?」と店長から打診があった。
伊藤さんが退職するから、と。
バイトリーダーともなると、覚える仕事はまた増える。
時間帯責任者として私が普通のバイトさん達を動かさなくてはならない。
私は伊藤さんに相談した。
ねぇねぇ伊藤さん。私なんかにできるかなぁ?と、この頃にはすっかり兄と妹のような関係になっていた伊藤さんに聞いてみた。
「できるよー!お前仕事できるじゃん。大丈夫だって。」
大学を辞めて地元に帰るという伊藤さんは、少し寂しそうな顔をしてそう言った。
そして
伊藤さんとは送別会以来会っていないし、連絡も取らなかった。
私はバイトリーダーに昇格し、その後何年もそのお店で働いた。
「働く」ということに、やたら貪欲だった大学時代。
他の業種が見てみたくて、長期休みになると塾講師やテレアポや東京駅の近くのカフェなどいくつかのバイトも掛け持ちした。
そのすべてで学びがあり、今の私を形成しているなと思う。
ある人との出会いで人生が変わることがある。
時給690円のあの日々が、今の私の原点だ。
今日のユーコ
18歳のユーコへ
今日もバイトでしたか?
私も今日はお仕事でした。
時給690円のあなたが「まじで?」という額の「時給」で、私は今日も働いています。
まさかこんな39歳になっているとは、思いもしませんでした。大人って、もっとみんな立派に生きているのだと思っていたから。
だけど、あなたが「つまらないもの」と思っていた「バイト」に救われて今の私があります。
たくさん働いて、
稼いだお金で欲しいものを買って、
今を謳歌してください。
今日もお疲れ様。
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