【掌編小説】はてしない狼の国
灰色の霧が立ち込める森の奥深くに、少年ロウの家がある。銀色狼のウォルも一緒に暮らしていた。
うつくしい毛並みの凛とした姿だけど、少しおっちょこちょいなウォルのこと、ロウは大好きだった。
ある朝、ウォルが寝床でそのまま亡くなっていた。
(人間の年齢で百歳を超えたんだ、無理もない)
ロウは思い、狼の頭をなでた。
横たわる体は痩せて、毛並みもつやがなく、半分以上が禿げていた。
悲しみに暮れたのもつかの間、玄関が開いて体の大きな人が入ってきた。
「私の名はギース。銀色の狼を引き取りに来た」
その人は言った。部屋の空気を変えるほどの低く力強い声だった。
驚くロウはギースと名乗る人からどういうことか聞いた。森に暮らす狼はウォルだけではなく、夜の狼や金色狼など、いろんな狼がいるとのこと。亡くなった狼たちはみな、〈はてしない狼の国〉へ行くらしい。
「そこで、永遠に長生きして暮らしていく。病気も、敵もない」とギース。
ギースはなにも言えないでいるロウにはもう目もくれず、ウォルをひょいっと抱き上げあっという間に部屋からいなくなってしまった。
ロウはいそいで後を追ったがギースとウォルの姿はもう、どこにも見あたらなかった。
五年間、ロウは〈はてしない狼の国〉を探し続けた。ウォルに会いたくてたまらなかったからだ。
広大な森を抜け、高い山々をめざす。山間に〈はてしない狼の国〉があると古い本に載っていた。
毒草や尖った岩で足がひどく痛んだ。野生の狼の声に耳をかたむけ、おぼえた狼語で返すと道を教えてくれた。しかし、凶暴な狼がロウをおそい、ボロボロの体で先へ進めなくなってしまった。
ロウがたどり着いたのは二つの山裾の隠れた空間。ロウは草地に横になり眠った。
(もう、ウォルには会えないのかもしれない)
しばらくして狼のかすかな匂いで目が覚めた。起き上がると、目の前の木と木がアーチを作っていた。その中に銀色の扉がある。狼の匂いが強くなった。
ロウは立ち上がると、ゆっくりと銀色の扉へ近づいていった。
扉が開くと、一面花畑だった。木や草もエメラルドの宝石のような色をして、遠くの山々も険しくなく、でも、堂々として山裾はまるで女王さまのドレスのようだ。
「ロウ?」
その声にロウは振り向いた。銀色の髪の青年が立っていた。青い瞳と凛とした顔立ちに、すぐに気づいた。
「ウォル!」
ロウがかけよるとウォルも腕を広げた。
「ようやく会えた!」
「よく来たね。うれしいよ!」
狼の匂いが鼻腔を抜ける。でもウォルは人間の姿をしている。ロウがその銀色の髪や人間の耳を観察するように見ると、ウォルが笑った。
「たぶん人間と……ロウと暮らしていたからさ。他のみんなは獣と人が入り混じった姿をしている。でもぼくのように人間の姿の子とかもいる」
ロウは辺りを見回してみた。小さな森のような場所にいるけど、森の先に家らしきものが見える。かすかに楽器の音色や笑い声が聞こえてくる。
ウォルは町を案内すると言ったが、ロウは断った。
「みんな人間がいてびっくりするだろうし、ウォルに会えれば十分だ」
そう言ってロウは銀色の扉を振り返った。
「君と同じ種族だったらよかった!」
ウォルはロウを引き止めようとして、思い留まった。
その時、銀色の扉からギースがあらわれた。
「同じ種族?」
二人はびっくりして後ずさりした。
「では二人で一緒にそういう世界を探すもよし、創るもよしだ」
そう言ってギースは銀色の扉に触れた。すると銀色の扉が金色に変わった。
「君と旅ができたら楽しいだろうなあ」
ウォルが二人の旅を想像しているのが顔を見ればわかる。でもそれがロウの頭の中にもはっきりと映し出されていた。
「楽しいよ、君をこの楽園から連れ出して大丈夫か?」
「ぼくたちの楽園に行くためなら、よろこんで」
二人は金色の扉に近づいた。ギースがゆっくりと扉を開けた。
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