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SS【纏う】#シロクマ文芸部

小牧幸助さんの企画「霧の朝」に参加させていただきます☆

お題「霧の朝」から始まる物語

【纏う】(1358文字)

霧の朝って好き?ロマンティックよね。
そう彼女に聞かれたから、嫌いだと答えた。
彼女はびっくりした顔をして、どうして?と聞いた。
はっきり見えなかったり隠されているのが嫌いなんだ、どんなことでもね。
僕がそう答えると、彼女は黙り込んだ。

温泉のパンフレットを広げていたから、二人の旅行の計画なんか考えていたのだろう。
でも結局彼女と旅行に行くことはなく、いつの間にか彼女からの連絡も途絶えた。
おそらく隠していたことがあったんだろうな、と僕は推測した。
あるいは、ロマンのわからない奴とは付き合えないと思ったのかもしれない。

だからというわけではないけど、僕は一人で海沿いの温泉宿に来ている。
ややこしい仕事がやっと片付いたので、休暇をとって骨休めだ。
ついでに言うと、旅行も一人に限る。

しかし、夜が明けて僕を待っていたのは霧の朝だった。
こりゃなんだ、彼女の呪いかな。
夏でも海沿いは霧が出ることがあるんですよ、とフロント係は言った。
仕方なく散歩をあきらめ、ラウンジで朝食後の珈琲をすすりながら外を眺めるが、まったくなにも見えない。
はっきり見えないことのなにがロマンティックなのか、僕には全然わからない。
隠されてるのって気持ちわるいだけじゃないか。

感情でも意見でも、ごまかしてはっきりさせない奴は嫌いだ。
霧みたいに本心を隠したそんな奴の薄笑いは、僕をイライラさせる。
しかし皆から嫌われるのは、なんでもはっきりさせてしまう僕のほうだ。
「もうちょっとオブラートに包んで言うとか、上手く立ち回れないの?」
そんなんじゃ出世できないぞ、と上司や同僚から言われる。
はぁ、そうですか。
だから僕は独立を考えている。
旅行も一人、仕事も一人のほうがいい。

珈琲を飲み終えても、まだ霧は晴れない。
今日は一日引きこもることになるかもしれないな。
伸びをしてグルリと首を回すと、ラウンジ内の少し離れた席に、一人で本を読む初老の女性がいた。

美しい人だな、と思った。
ふわりとしたジョーゼットのワンピースが、緩くまとめた白い髪によく似合っている。
女性が着ている服を見て「似合う」なんて思ったのは初めてかもしれない。
彼女の周囲だけが、シンとして空気が澄んでいるようにさえ感じる。
その時、僕の頭にひとつの言葉が浮かんだ。
『霧を纏う』

……ああ、そういうことか。
あの淡い生成りのワンピースは、彼女の『老い』を霧のようにふんわりと隠している。
そして隠しているからこそ、彼女の本質……知性や内面の美を引き出しているのだ。
彼女が若い女みたいに派手な色の服を着たら、あの美しさは現れてこないだろう。

なるほど……隠すことで見えるものもあるのか。
僕は天啓を受けたように彼女に見惚れた。

あまりジッと見てしまったせいか、視線に気づいた彼女が顔を上げた。
僕と目が合った彼女は優しく微笑んだ。
僕は軽く動揺しながらも、微笑んで会釈した。

「霧は晴れませんね」
「そうですね」
「まぁ、のんびりしましょう」
「ええ、よい一日を」

僕たちは黙ったまま言葉を交わした……ような気がした。
彼女はまた、ゆっくりと読書に戻る。

僕も元のように背もたれに体を預け、珈琲のおかわりを注文する。

……もし彼女が僕と同じくらいの年なら……あるいは……。


窓の外を見る。
霧の朝も悪くはない。
僕は恋に破れた男の気分で、さっきよりも苦い珈琲をすする。



おわり

© 2024/11/16 ikue.m

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