SS【微笑】#青ブラ文学部
山根あきらさんの企画「小さなオルゴール」に参加させていただきます☆
お題「小さなオルゴール」
【微笑】(2244文字)
美鈴が誕生日会に招きたいと言ったのは、同じクラスの八人だった。同じクラスの女子は美鈴も含めて十人だから、一人だけ呼ばないということだ。私は、誰かを除け者にするのはよくないから、その子も誘うように言った。
「普段、一緒に遊んだこともないんだよ。あの子しゃべらないし……」
と美鈴は嫌がったが、私は聞かなかった。娘には誰にでも分け隔てなく優しくできる人になってほしいと思ったのだ。美鈴は渋々うなずいた。
当日、一人だけみんなから遅れてやって来たその子の名前は、雪子ちゃんと言った。プレゼントに持ってきたのは百円ショップで売っている折り紙だった。美鈴が微かに眉をしかめ儀礼的に「ありがと」と言って、すぐにソファの上にポンと置いたのを見て、あとで叱らなくてはと私は思った。人からなにかをもらったら、たとえそれが気に入らないものでも、微笑みくらいは返して丁寧に扱わなくては。後から捨てるにしたって。
雪子ちゃんは、美鈴の振舞いに対しては特に表情を変えず、放置された折り紙の隣に座った。私は雪子ちゃんが気になって、飲み物やお菓子を運びながら観察した。たしかになにもしゃべらない。俯いて、黙ったままジュースが入った紙コップを持っている。みんなの賑やかな話の輪にも入ろうとしない。
見かねた私が「お菓子もどうぞ」と勧めると、ようやく一枚のクッキーに手を伸ばした。そして、今私がだまっているのはクッキーをかじっているからです、とでも言いたげに無表情のまま、ゆっくりとかじっている。
私は雪子ちゃんを美鈴に無理に誘わせたことを後悔し始めた。それでいて同時に、雪子ちゃんに対しても腹を立てていた。じっと耐えているような姿が、私を責めているようにも見えたからだ……。少しくらい友だちの輪に入れるように努力すればいいのに。この子はおとなしいだけじゃない、頑固なのだ。
その時、クッキーを食べ終えた雪子ちゃんが、つと立ち上がった。そして私の方に身体を向けると平坦な声で言った。大人のような低い声。
「トイレはどこですか」
雪子ちゃんは真正面から見るとかなり整った顔立ちだった。うちの美鈴よりずっと美人だ……。ただ、表情がなく、血色もわるい。私が子ども部屋から少し離れたトイレの場所を教えると、雪子ちゃんは黙って部屋から出て行った。すると部屋に残った子どもたちが口々に言い始めた。
「あーあ、雪子ちゃんがいると空気おもいね」
「なんでしゃべんないのかな」
「プレゼント、ひゃっきんだよ、ありえんよね」
美鈴であればたしなめるところだが、よその子には何も言えない。美鈴が顔をしかめて私の方をチラリと見る。「だってお母さんが……」私は聞こえなかったフリをして、「そろそろケーキ、持ってくるわね」と言って部屋を出た。わぁ、と子どもたちの歓声があがる。
しかし、台所の手前で私はハッとして足を止めた。細く開いていたドアの向こうに雪子ちゃんの背中が見えたのだ。なぜ台所にいるのだろう。その時、微かに音がした。ポロンポロン……私の小さなオルゴールの音。グリーンスリーヴスのメロディ。子どもの頃に祖母からもらった英国製のアンティークだ。私はドキリとし、そして瞬時に恥じた。雪子ちゃんのこれからとるであろう行動を推測してしまったのだ。
あのこはおるごーるをぬすむ。
私の邪推は当たり、小さなオルゴールは雪子ちゃんのポケットに吸い込まれていった……。雪子ちゃんの手には欠片ほどのためらいも感じられなかった。こうなることが決められていたかのように、とてもなめらかな流れで、オルゴールは音とともに消えた。
私自身も消えた方がよかったのかもしれない。でも私の足は動かなかった。隠れることもできずドアの前でつっ立っていると、雪子ちゃんが台所から出てきた。私と目が合う。雪子ちゃんは驚きもせず、バツのわるい顔もしない。無表情のまま私を見ている。
しかし私の方は……気づいたら微笑んでいた。
私の目と唇は、私の意志とは関係なく微笑を作ってしまう。
その時、雪子ちゃんははじめて表情を変えた。美しい形の眉と唇が、片方だけ微かに上がる。私は自分が震えているのがわかった。
雪子ちゃんは、そのまま子ども部屋には戻らず、まっすぐ玄関に行くと、黙って靴を履いて出ていった。
私は、震える手でバースデーケーキを持って子ども部屋に戻り、できるだけさりげなく言った。
「……雪子ちゃん、お腹が痛いから帰るって、帰ったわよ」
美鈴とみんなはちょっと驚いたが、それよりもホッとしたようで、すぐにまた騒ぎ出した。
「お菓子、食べ過ぎたんじゃないの?」
「ケーキ食べられなくてかわいそー」
「あー、いなくなって、やれやれだわ」
最後に大きな声でそう言ったのは美鈴だったが、私はたしなめる気にもなれなかった。
誕生日会が終わった後、ひとり台所で後片付けをしながら、私は最後に聞いたオルゴールの音を思い出していた。
あの小さなオルゴールは、とても大切なものだったのだ。祖母にもらってから三十年間、ずっと私の宝物だった。辛い時や悲しい時、疲れた時に奏でるととても心が安らいだ……。私は水をザーザー流しながら、泡だらけの手で顔を覆って泣いた。今この瞬間、あの音が聞きたかった。
でも……あれはもう雪子ちゃんのものだ。小さなオルゴールは抵抗する様子もなく雪子ちゃんのポケットに滑り込んだ……。オルゴールが雪子ちゃんを選んだのだ。欺瞞だらけの私に愛想をつかして。
私が代わりに受け取ったのは、鏡だ。
雪子ちゃんの蔑みに満ちた微笑には、私のすべてが映し出されていた。
おわり
© 2024/5/2 ikue.m