SS【よかった】#シロクマ文芸部
小牧幸助さんの企画「紅葉から」に参加させていただきます☆
お題「紅葉から」から始まる物語
【よかった】(1111文字)
紅葉から透かして見る空は、とめどもなく青く澄んでいる。
紅葉に群がる人々は、誰もがスマホをかざして歩いている。
ある人は恋人と手をつないで。
ある人は家族連れで。
たった一人、スマホさえ持たない私は、ただ紅葉の前に立ち尽くしている。
首が疲れて視線を落とすと、目の前に一枚の葉がハラリと落ちて来た。
まだ緑色の。
みんなが紅葉ばかり愛でるから、やさぐれたのかしら。
でもさ、紅葉が映えるのって、たとえば青空とか緑の葉みたいに、ちがう色が傍にいて引き立ててるからでしょ。
夏の主役だった緑が、今は紅や黄に輝く紅葉の美しさを陰で支えている……。
でも誰も気付かない、見てくれない。
そりゃ、やさぐれる日だってあるよね、今日の私みたいに。
私は緑色の葉を拾った。
それはなかなか美しい葉だった。
どこも欠けていないし傷んでもいない。
表面はすべすべして気持ちいい。
私は緑の葉を指先でくるくると弄びながら話しかけた。
ねぇ、葉っぱさん、私も今日はやさぐれてるのよ。
プレゼンの資料、徹夜で作って大きな仕事が取れたのに、手柄はぜーんぶ先輩に持ってかれちゃった。
よくある話だけど。
ムカついてバッグを床に叩き付けたらスマホは壊れるし。
今日はデートだったのに、朝のカフェで別れ話を切り出されるし……。
ちょっと前まで、なにもかも順調だったのに。
私のなにが悪かったの?
自然の摂理だよ、と緑の葉が語りかけてくる。
君は悪くない。
手に入らないものはそういうものだっただけ。
離れていくものは自然に離れていくだけ。
仕事の成功もスマホも彼氏もね。
それにぼくは、やさぐれてるわけじゃないんだよ。
ぼくが木から離れたことも自然の摂理なんだから。
ハハハ、と緑の葉は笑った。
そう……、そうなのかなぁ。
紅葉できなかったこと、悔しくないの?
ほんとなら、すごくきれいな紅葉になれたのに、って。
みんなに見られて、写真もいっぱい撮られて褒められて。
私が……いろんなこと引きずって悔しがってるみたいに。
すこしはくやしいかなぁ、本当のところは。
でもこれでいいんだよ。
君にも会えたしね。
そのために、ここに落ちたのかもしれない。
私はなんだか申し訳ないような気がして、緑の葉を両手で包み込んだ。
木の上よりも土の上の方が暖かかったけど、
でも君の手の中の方がもっと暖かいね。
うん、ぼくはこれでよかったんだ。
緑の葉はそう言って、心地よさそうに揺れた。
ありがとう。
よかった、か。
そう言った瞬間、風がつよく吹いて、緑の葉は私の手を離れて飛んでいってしまった。
ハハハ……
笑い声だけが遠くから聞こえた気がした。
ああ、行っちゃった。
でもなんだかさっぱりとして、私は顔を上げて歩き出した。
向かい風に吹かれながら。
私の暖かい場所を探しに。
おわり
© 2024/11/10 ikue.m
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