SS【勇者】#シロクマ文芸部
お題「文芸部」からはじまる物語
【勇者】(1388文字)
文芸部男子には越えてみたい白線があった。
しかしその線は国境のように越え難かった。
文芸部は、その高校における最弱小部だったので、手芸部が使っている教室の一部に間借りさせてもらっていた。そしてその活動を分ける印が、床に貼られた白いテープの線だったのである。
文芸部はたまたま男子しかおらず、一方、手芸部には女子しかいなかったので、この線さえ越えれば恋の花も咲くのではないか…そんな夢を思い描いて、こっそりと小説にした者もいた。
しかし、夢を実現するには行動が必要である。
女子生徒たちの笑いさざめく声に胸ときめかせながら、誰か白線を越える勇者はいないのか、文芸部の小心者男子は誰もがそう思っていた。行動が必要なのはわかっている。だから誰か最初のペンギン※になってくれ…。
しかしとうとう一人の勇者が現れた。
文芸部の新入部員、タカシである。
彼はおじいちゃんと母と三人暮らし、とりわけおじいちゃん子のせいか屈託がなく明るい性格だった。タカシ最強の武器は、相手の善性を二百パーセント信じきれることであるが、その武器はおじいちゃんの限りなく深い愛と、果てしない甘やかしによって培われた。
「おまえ、どんだけ愛されて育ったんだ…」
と先輩達にあきれられるくらい、タカシは相手を信頼しきったキラキラした目で見る。
そんな彼が入部して間もないある日、なんの屈託もなく、今まで誰も越えることのできなかった白線を越えたのだ。
ひょいっと。
「あ!」
三年間、気になり続けながら一度も越えることのできなかった三年生などは、口を開けたまま固まってしまった。
一方、白線を越えたタカシはトコトコと手芸部の女子たちに近付くと、これまた屈託なく声をかけた。
「手芸っておもしろい?」
手芸部員の中でもとりわけ可愛いと先輩達が思っていた手芸部の二年生(タカシにとっては先輩である)の隣にチョコンとしゃがみ込んで。彼女もかなり驚いた様子を見せたが、タカシのキラキラした目を見ると誰もが安心してしまうのである…。
彼女はすぐに表情を和らげて言った。
「おもしろいわよ。少しずつ完成に近づくところとか」
「へぇ、じゃ小説書くのと同じだね。小説も少しずつ完成に近づくんだよ」
「ふふ、そうね」
「ぼくも編物してみたいなぁ。おじいちゃんに帽子を編んであげたいんだ」
ニコニコと笑い合っている二人を呆然と見つめる文芸部男子たち。そんな彼らに向かってタカシは手招きした。
「せんぱーい、今日はこっちで編物しませんか?教えてくれるそーですー」
そして笑顔のまま立ち上がると、「これいらないよねー」と言って白線テープをぺりりとはがしてしまった。
「あ!」
文芸部の誰もが心の中でそう叫んだが、はがされて丸められたテープは美しい放物線を描いてゴミ箱に吸い込まれていった…。
…それ以来、文芸部と手芸部は和やかに交流するようになり、手芸部の女子も時には詩や小説を書き、文芸部男子はペンより編み棒や縫い針をもつ時間の方が長くなりつつあった。
ある先輩は、編み棒を動かしながら感慨深げにつぶやいた。
「国境もこれくらい簡単に消えれば、世界平和なんかあっと言う間だろうになぁ…」
タカシは、かつて白線が引かれていた辺りにペタリと座り、もうすぐ帽子ができるー、と屈託なく笑っている。
おわり
(2023/8/11 作)
小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』イベントに参加させていただきました。
あれ?あのタカシくんがいきなり成長しちゃいました…(;・∀・)
ある意味、成長してませんが。
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