詩みたいな【永遠】#青ブラ文学部
山根あきらさんの企画「合わせ鏡」に参加させていただきます☆
お題「合わせ鏡」
【永遠】(685文字)
子どもの頃、鏡台が好きだった。
扉を開くと三枚の鏡が連なっている。
母は化粧を施す時、顔を傾けて左右の鏡を見る。
後れ毛を直す白い手。
扉を閉じて立ち上がる。
その時の母は常よりも美しい。
よその人みたいに。
「いってきます。お留守番しててね」
「うん」
日は傾きかけている。
母がどこに行くのかは知らない。
白粉の匂いだけが微かに残っている。
私は鏡台の左右の扉を薄く開く。
その隙間に、猫みたいに顔だけ差し入れる。
合わせ鏡の中に見えるのは、たくさんの私。
どこまでも続く、永遠。
私は飽くことなく見続ける。
部屋がすっかり暗くなるまで。
永遠が、闇の中に溶けてしまうまで。
そっと体を引いて、扉を閉める。
その頃には、白粉の匂いは消えている。
私は鏡台の前にぺたりと座り、目を閉じる。
瞼の裏には永遠の残像。
この世には果てしないものがある。
そのことは私を安心させた。
三つ下だった弟は、三面鏡を怖いと言ったけど
今なら怖くないと言うだろうか。
でも訊くことはできない。
弟は父と一緒に行ったから。
ふたりは、永遠の中にいるのかもしれない。
私たち家族がしあわせだった時間のどこかに。
母は私が大学を卒業した年に再婚した。
私は家を出る時、母に聞いた。
「この鏡台、もらってもいい?」
「新しいの、買ってあげるのに」
「これが、いいの」
そう言ったら、母は黙って頷いた。
机も置けない小さな部屋に鏡台を置いた。
私は母がしていたように扉を広く開ける。
そして顔を傾けて左右の鏡を見る。
そこに見えるのは、ひとりの女。
いつしか、果てしないものよりも
目の前の、手が届くものが好きになった。
白粉の匂いが合わせ鏡のように
あの日の母に私を寄り添わせる。
おわり
© 2024/3/13 ikue.m
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