SS【奇跡】#シロクマ文芸部
お題「ありがとう」から始まる物語
【奇跡】(818文字)
「『ありがとう』を一万回つぶやくと奇跡が起こるって言うだろ?」
「なんの話ですか」
「まぁ、そういう話があるんだよ」
「はぁ」
「でさ、俺たちお互い、今万事休すだろ?」
「そうですね」
「それにしては落ち着いてるな」
「慌てても仕方がありませんから」
「冷静な奴だな。だからさ、お互い『ありがとう』を一万回つぶやいてみようぜ」
「……」
「言えよー。一人じゃ恥ずかしいんだよ」
「でも、あなたにとって都合のいい奇跡が起こったら、私には都合の悪い奇 跡ってことになるんじゃありませんか?逆もまた然りですよ」
「奇跡ってのは、万人にプラスになることなんじゃねぇかな。知らんけど」
「私、その『知らんけど』っていうの、嫌いなんですよね。ついでに言うとスピ系も」
「わるかったな。とにかくやるのかよ、やらねぇのかよ」
「仕方がないですね」
「よし、いくぞ」
私達はつぶやき続けた。ありがとう、ありがとう、ありがとう……
およそ十時間後、ようやく一万回つぶやくことができた。男の方は、言い慣れない言葉を言い続けてフラフラになっている。
「大丈夫ですか」
「あ、ありがとう…」
まだ言ってるわ。
その時だった。
私達のいるアパートの一室に警察官がなだれ込んで来た。
「手を上げろ!抵抗すると撃つぞ!」
「あ、ありがとう…」
「え?」
男はおとなしく手を上げた。
私を人質にして立てこもっていた強盗犯の男はこうして逮捕された。
しかし、拘置所では罪を悔い改め『ありがとうおじさん』として受刑者たちの癒しの存在となっているとか。彼にとっては、それが奇跡だったのだろう。
一方、人質だった私は、男が「ありがとう、ありがとう」と夢中につぶやいている間に、男が盗んだ貴金属の一部をかすめ取り、老後の資金とするため今もタンスの引き出しにしまったまま、ごく普通に暮らしている。
宝石店には保険金が下りたようだし、たしかに万人にプラスになったようだ。
ありがとう、と私はつぶやいた。奇跡かどうかは知らんけど。
私はリアリストなのだ。
おわり
(2023/12/16 作)
小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』イベントに参加させていただきました。
「ありがとう」一万回は、検索するといろいろ出てきますので、ご興味のある方はどうぞ~(・∀・)
年齢×一万回っていうのもありましたけど、言える気がしません…。
…ていうか、も少しいい話が書きたかったのに!