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SS【願い事】#青ブラ文学部

山根あきらさんの企画「雨の七夕」に参加させていただきます☆

お題「雨の七夕」

【願い事】(1717文字)

 幼稚園でそのお話を聞いた時、天の神さまはずいぶんとイジワルだと思った。好きな人とずっと一緒にいたいと思うのは当たり前なのに、仕事をサボったからって仲を裂くなんてあんまりだ。しかも、反省しても一年に一度しか会わせないなんて。
 プンプン怒ってたアタシを、大人たちは笑ったけど。

「ね、ひどいよね」
 大人になって彼と付き合うようになった頃、あたしはこの話をした。
「へー、七夕ってそんな話だったんだ。オレ、知らなかったよ」
「だからアタシ、短冊に『ふたりがずっと一緒に暮らせますように』って書いてやったの」
「やさしい奴だなぁ。オレたちはずっと一緒にいようぜ」
 そう言って優しく抱きしめてくれた彼と、アタシは結婚した。
 ああ、しあわせ。彼はアタシの彦星。

 
 でも現実は甘くなかった。
 お話では、ふたりとも働かずに遊んでいたから天の神さまに怒られたけど、現実では彦星だけが遊び続けていた。
「ねぇ、少しは働いてよ。アタシばっかり……」
「一緒に遊べばいいじゃねぇか」
「そんなことしたら暮らしていけないよ」
「じゃあ仕方ないな。アイシテルよ、オレの織姫」
 アタシの彦星は口だけは上手い。窓の外では笹の葉がさらさら揺れている。
 『彦星も働いてくれますように』
 アタシは、そんな短冊をこっそり飾った。

 それから五年後、今年も窓の外では笹の葉がさらさら揺れている。息子が幼稚園で作ってきた笹飾りだ。
「ママ、天の神さまってイジワルだよね。もし、大好きなママに一年に一度しか会えなかったら……ボクいやだ」
 今、アタシの愛を独り占めしているのは、目をウルウルさせている小さな彦星だ。七夕のお話を聞いてきたらしい。この子はなんて優しいんだろう。その父親は三年前に出て行ったきり帰ってこないけど、もうどうでもいい。
「ママもいやだよ。ずっと一緒だよ」
「ママー」

 
 でも現実は甘くなかった。
 大人になった息子……小さかった彦星は、自分だけの織姫を見つけてサッサと家を出て行った。ちなみに、元々のアタシの彦星は、今もどこにいるのかわからない。
 アタシはひとりになった。

「ねぇ、神さま。アタシ仕事をサボったりしないで一生懸命働きましたよ。でもどうしてこんなことになるの?」
 アタシは納得できない。罰を受けるいわれはない。むしろ、遊んでばかりいた奴らの方が幸せになってるんじゃないの?
 それでもアタシは、七夕には笹の葉を窓の外に飾った。ゆらゆら揺れる笹飾り。
『アタシもしあわせになっていい』
 これは願い事じゃなくて宣言だ。アタシはもう、神さまにも誰にも期待しないで淡々と生き続けた。

 それから二十年後、息子からの連絡も途絶えてひとりぼっちで暮らしていたアタシのところに、元々の彦星と小さな彦星を足して二で割ったみたいな見た目の若い男が現れた。
「おばあちゃん、探したよ」
「アンタは……」
「孫、だよ。父さんは事故で死んじゃって。遺品を整理してたらおばあちゃんの手紙が出てきたんだ。ずっと連絡してなかったんだね。ぼくも知らなくて……ごめんね」
 三代目彦星。アタシの孫……。
「わるいけど、アタシは一文無しだよ」
 アタシは、孫をがっかりさせたくなくて早口で言った。さすがにこの年になれば、現実は甘くないって知ってる。でも、孫は笑って言った。
「そんなつもりはないよ。お金ならある。それに僕もひとりぼっちなんだ。母さんはずっと前に家を出て。だから一緒に暮らそうよ、おばあちゃん」
 ああ……。
 もしかしたら、アタシが幼稚園の時に書いた短冊の願いゴトが、今頃叶ったんだろうか。
『ふたりがずっと一緒に暮らせますように』

 アタシの現実は最後に甘くなってくれた。
 二十年間、孫はアタシを裏切らなかった。しかも三代目彦星は働き者だった。昔アタシが書いた『彦星も働いてくれますように』という願い事も、時間差で叶ったのかもしれない。
 アタシは今、とても安らかなキモチでベッドに寝ている。今日は何日?と聞いたら、七夕だよ、と孫は答えた。
「雨の七夕だけどね。雲の上は晴れてるから大丈夫だよ」

 ああ、なんて優しい子なんだろう。天の神さまは、アタシの宣言も聞いてくれていたんだ。
『アタシもしあわせになっていい』

アタシは穏やかな気持ちで、笹の葉が揺れる音と雨音に耳をすませている。


おわり


© 2024/7/3 ikue.m


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