伝える【秋ピリカ】
大切な話をする時、わたしたちはあえて距離をおく。
心を開いて本音を伝える時こそ、適度な距離が必要だから。
と言っても、相手の顔が見えないのは不安だ。
それではイマドキのzoomなんかを使うのですかと聞かれそうだが、イマドキどころかイマドキは子どもさえ使わないかもしれないものを使う。
それは、糸でんわだ。
紙コップで作るアレである。
あの懐かしの糸でんわ。
ピンと張られた糸を通して伝わる相手の声は微かにふるえている。
それは心の扉を開く時の慄きなのか、あるいは物理的な振動なのか……。
わからないところも、いい。
わたしたちは今、家の中で一番広い八畳間で話している。
友則は南西の角、私は北東の角で各々正座して。
対角線上には、リンボーダンスでくぐれたら拍手喝采されそうな高さで木綿糸がピンと張られている。
友則をチラリと見ると、彼はすでに神妙な顔で紙コップを耳に当てている。
大の男が神妙な顔で紙コップを耳に当てている図というのは、なかなか見ものである。
「なんで糸でんわなんだよ。いやだよ、俺」
友則も最初は抵抗した。
「騙されたと思って試してみてよ。私の友だちの有紀子、知ってるでしょ?彼女カウンセラーなんだけど、クライアントの話を糸でんわで聴くのよ。緊張しやすい人でもほどよく距離が置けて、でも物理的な繋がりも感じられて、ちゃんとお互いの顔も見える。糸でんわによって、クライアントがリラックスできる理想的な環境作りができるんですって」
「ほんとかよ」
「なにを隠そう、わたしが友則との結婚を決断したのは、有紀子の糸でんわカウンセリングのおかげなのよ」
「……やってみるよ」
やってみたら友則もハマった。
なんか落ち着くし、紙コップのやさしい手触りもいいんだよなぁ、なんて。それから、友則とわたしは大切な話をする時には必ず糸でんわを使うようになった。
ちなみに、糸でんわは毎回新しい紙コップで作る。
そこからが儀式のようなもので、二人して沈黙したまま紙コップに穴を開け、糸を通す。
そして部屋の角に移動して正座し、糸をピンと張る。
ほどよい緊張感。
八畳間の色褪せた畳には、西日が差し込んできている。
南西に座った友則は暑いのか緊張なのか、汗をぬぐう。
今日はなんの話だろう、思い当たることないけどなぁ……と、さっきまでつぶやいてた。
何を言われるかとドキドキしているに違いない。
わたしは気づかれないように紙コップで口を隠してクスッと笑う。
わたしは膝の上に、余った紙コップをひとつ乗せた。
糸でんわって、たしか三人でも話せたわよね。
まだペタンコのお腹をなでながら、思う。
さて、糸の向こうで緊張している人に、父親の自覚を促さなくっちゃ。
子どもが生まれるのよ、もう遊んでばかりじゃダメよって。
紙コップを耳に当てた友則は、どんな顔をするかしら。
わたしはワクワクしながらも神妙な顔を作って、紙コップを口にあてる。
「もしもーし」
おわり
(1185文字)
約二か月間お休みしておりましたが、ようやく心身&時間にゆとりが生まれてきましたので、ピリカさんの企画をキッカケにnoteを再開させていただきました。ありがとうございます。
久しぶりに書いてみて「相変わらず、なんてことない話だなぁ~」と思いつつ、「なんてことないこと」がフツーにあることのありがたさを、個人的にはしみじみ感じております。
だからこれからも「なんてことない話」を書き続けたいです。笑
おもしろい!と思っていただける記事があれば、サポートはありがたく受け取らせていただきます。創作活動のための心の糧とさせていただきます☆