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掌編小説【小さなカタツムリ】

お題「イス」

「小さなカタツムリ」

ヨガをする彼女の白いくるぶしを見ていたら、カタツムリを思い出した。
今はダウンドッグのポーズ。真横から見ると四角形からきれいな三角形になる。折りたたみの椅子みたいだ。
足の甲を床に付け、つま先を内側にキュッと丸める。それから足裏を床に付けて起き上がる。くるぶしから足裏の動きがカタツムリそっくりだ。
子どもの頃、カタツムリのゆっくりとした動きを見ていると飽きなかった。家でも学校でも「早くしなさい」と言われ続けてウンザリしていた僕は、飼っていたカタツムリをベランダで散歩させて眺めるのが趣味だった。
でもある日悲劇が起きた。散歩中だったいちばん小さなカタツムリをうっかり踏みつぶしてしまったのだ。立ち上がった時に一瞬よろけただけだったのに。小さなカタツムリは小さなカタツムリの形のまま、きれいにぺしゃんこになった。泣き出した僕に気づいて母がやって来て「あらまぁ」とだけ言うと、小さなカタツムリをつまみ上げ、台所の三角コーナーに捨てた。僕はただそれを見ていた。愛するものがゴミになるのを。
手を伸ばして彼女のくるぶしを軽くつかむ。彼女が「やめてよー」と笑う。僕は愛するものがまだここにあることを確認して安心する。

おわり (2020/11 作)

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