夜明けの雨はミルク色
眠れない。寒い。Tシャツ短パンだった部屋着を長袖のパジャマに変えた。パジャマっていいよね。無印のストライプ柄のパジャマ。夫とお揃いで買って、どっちもLサイズ。弟子時代は地方泊まり仕事が多く、出張先に持って行って眠るときはこれを着ていた。
私は運が良い方だと思う。運しかないところが昔からコンプレックスで、努力をしてみたいなと思って、22歳から5年間、自分なりの下積み生活(スタジオマン3年強・カメラマン直属の助手2年)をしてみたけど、結局のところ全て運で乗り切っていた。努力なんてこれっぽっちもできなかった。最後の最後で、いつも運が味方してくれていた。
崖っぷち、もうこれ以上ないってくらいピンチの時、ああもうこの仕事辞めて田舎に帰ってイベントコンパニオンのアルバイトでもしようって決意したその瞬間、突然大御所のカメラマンさんからの指名(私は受付に座っていただけ)が入ってその後1年半ほどその方から指名仕事を受けたり(そのおかげで最低賃金時給アルバイトからトントン拍子で契約社員になれた)、勢いで弟子辞めたし勢いで独立しちゃったけどこれからどうしよう…私には何もない…って途方に暮れてる時、何も考えずがむしゃらに出したコンペで予想もしなかった賞を頂いたり。
写真家として独立して2ヶ月。こないだの日曜日、ひどく落ち込んでいた。これからの人生どうしようって、カメラマンってなんだろう?って。
「自分は自分」と思えない自分が嫌で、でも誰かに嫌われてもいいやとは思えなくて、どういう人間になりたいのか全然わからなくなって。行動してないから尚更、身動きが取れない自分という現実が辛かった。
「撮影のモデルしてくれたギャラの代わりに、ご馳走するからサンデーベイクショップ行こうよ」と夫が誘ってくれ、ドンヨリ曇り空の中とぼとぼ歩いた。雨が降りそうで降らない曇り空。秋の曇り空は嫌い。日が短くなるのも嫌い。夜眠れなくなるのもいつも秋。「どのように行動したら良いのかわからず、色々と試してみても何をやっても充実感が得られないという意識があります。生きることが好きではないわけではありませんが、生きる意義の自覚が希薄です。」こないだ受けた植物占いの結果を夫に読んで聞かせながら歩いてた。声に出して読めば読むほど落ち込んだ。
目的の店で焼き菓子を3つ買い、外に出ると、ガシャ!という聞いたことのあるゴツい音。それと同時くらいに「あれ…あのペンタ67持ってるおじさん…もしかして…」という夫の声。
聞いたことのあるカメラのシャッター音の方を見ると、ペンタ67(という名前のカメラ)を持ってるおじさんと目があった。最初はわからなかった。「ペンタ67持ってるおじさんだなあ」としか思わなかった。でもよく見ると、それはただのペンタ67を持っているおじさんではなくて、ペンタ67を構えて写真を撮る佐内正史さんだった。
この瞬間の直前まで、私の人生において佐内さん及び佐内さんの撮る写真は私にとって「わからない」存在だった。インタビューとかで言っていることも独特だし、写真も独特。当時高校生の私にはよくわからなくて、大学生の時も写真集を一通りみたけど「わからない」存在で、ていうか写真集のタイトルに「わからない」って付けてるし、完全に理解が追いつかなくて怖い存在だった。正直、良さが全くわからなかった。でも、当たり前だけど、佐内さんは確かなものを持っていて、それが何かはわからないけど羨ましい、という気持ちだけはあった。
目の前に現れ、ペンタ67で写真を撮る佐内さんは、私の理想そのものだった。「好き」という意味の理想ではなく「こんなおじさんになりたい」という意味での理想そのもの。「好きな写真家」は他にいるけど、その人たちは私にとって「なりたい写真家」ではなかった。でも、佐内さんはそれだった。この唯一無二感。存在感。すごかった。「これこそ写真家だ…」と思った。こんなベタな言葉しか出てこない自分が恥ずかしいけど、それしか言えなかった。自分が良いと思ったら良い。写真は写真。本人がそんなことを言うかどうかはわからないけど、そんなふうに言いきれる強さがあった。
佐内さんがどういう人間だとかどうでも良い。あの空気を作れる写真家は、この時代、そんなにいないと思う。もしかしたら写真を撮っていない時は全然違う性格なのかもしれない。でもそんなのどうでもいい。写真を撮っている時があんなにかっこよかったら、それだけでもう、だって写真家だから、超かっこいい。
もしかしたら今このタイミングで矢沢永吉のライブを観せられても私は大体同じようなことを言っていたかもしれない。それでも私は「写真家として自分はどんな人間になったらいいのか」と心の底から悩んでいたこのタイミングで「撮影をしている佐内正史に偶然道端で会う」という出来事がぶつかった自分の、なんていうんだろう、運の良さを、うーん、、、神様、ヒントをありがとう、って感じ。
私はとても運が良い。人生の要所要所でヒントとなる人に出会えてる。佐内さんは撮影(詳細は伏せるが、被写体は人では無かった)を数分で終えていた。かっこいいなって思った。私もいつかああなりたい。「憧れ」ってすごく強いエネルギー。ある程度大人になった私は、昔みたいに、憧れをたくさん持ち続けることができなくなっていた。
憧れを提示してもらった。ここからどうするかはこれまた自分次第なんだけど。そしてこれをnoteに書くんだったら「写真家人生に悩んでいた所で偶然道端で佐内正史に遭遇した話」みたいなタイトルにするのが最適解だったりするんだろうけど。そんなダサいことしたくない。夜明けの雨はミルク色。荒井由実の名曲だよ!
足が痛くて眠れない。お腹も痛い。「君は自分に無いものばかりを数えてるね」って言われた。「才能」という言葉ってキラキラしてる。私には努力の才能がない。誰かに褒められたことは急にできなくなる。公務員として働く父は「写真を仕事にしていて羨ましい」って私に言う。私はとても運が良い。前世は高い崖の上で、誰に見られることなくひっそりと咲いてたお花だったらしい。新宿西口、地下にあるサイゼリヤで言われた。運命は動かせる。おはじきのように。人差し指でスーッと。「でも、あなたの運命は動かせない。動かすと、弟の運命も一緒に動いちゃう」って言われた。当時の恋人と結婚できないという運命を動かしたくて、でもそれができなくて泣いた。サイゼリヤのうっすいナプキンで涙を拭いた。その3ヶ月後、その恋人とは別れた。ずっと好きだったけど、好きになってもらえなくて辛かった。自業自得。3年間。
私はとても運が良い。だけど人生が器用じゃない。人間の人生。難しい。人生の売り込み。先人たちに学びすぎない。自分は自分って、いつか思える日が来るかもしれない。こんな夜中に日記を書いて、お気楽な人生。明日は映画を観に行く。どんな夢も見たくない。勇気を出したい。茶色のマスカラ。伸びた前髪。遠いところへ行った友達。
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