音信不通の男
これは、音信不通になった男の家に行ってみた話。
付き合おう
そう言われたのは、夏の夕方、
マンダリンへ向かう横断歩道だった。
なんだ、この適当な感じ。
そう思う以上に、悪い気はしなくて、
私は照れて頷いたんだった。
まだ私が20代前半だった頃、マッチングアプリはまだあんまり世間に浸透していなかった気がする。
でも、デートした人は大抵良い人だったし、リアルで出会う層とあんまり変わりはなかった。なんなら友達の友達に遭遇することもあった。
彼は当時のペアーズで人気上位だった。
2ちゃんねるに男性上位として、プロフィールのスクショを貼られてたくらいなので、多分デートしたことがある人もいるかもしれない。猫を抱いたり、子供に微笑んでいたりする悪魔顔の男性だ。
彼とのデートでいつも連れて行かれるのは比較的高価格帯だった。ひよっこだった私は、精いっぱいの背伸びをして彼の後ろを付いて行った。
ピンヒール、アプワイザーのワンピース、ロンシャンのバッグ、爪にはピンクベージュを塗った。
お洒落なお店で、良い感じの料理を頼んでくれて、お会計までしてくれて、帰りは駅の改札で見送ってくれる紳士だった。
デートの間隔は2〜3週間で、他にも女の人がいるのかなとか、もうデートに誘われないかも、なんてひと通り悩んだけど、連絡が来たらそれで万事解決。
ちょっとの憂鬱を含みながらキラキラしてる毎日は、雑誌の着回しコーデの主人公のようで割と満足していた。
ここで、三越前の横断歩道に戻ろう。
そのままマンダリンのバーに行ってカクテルを飲んだ。
お酒に酔った彼のボディタッチは嫌な気分じゃなかった。でも今考えれば、30を超えた大人の男性が、高級ホテルのバーで年下の女の子にベタベタしているのは、割とみっともない光景だと思う。
横断歩道で頷いてから3時間くらいしか経っていなかったけど、私はタクシーに乗ることを選んだ。
その街はひたすらにキラキラしてて、背伸びをした私がこれ以上どこかへ行きたければ、目の前にいる大人の男性に着いていくしかないように思えた。
電車に揺られて帰って、実家の玄関でピンヒールを脱いで、地に足を着ける気にはなれなかった。
一抹の不安は付き合っているという事実にすぐに掻き消された。
なんだかんだで彼の清澄白河にあるマンションを出たのは翌日の朝だった。
水曜日、時間があれば食事でも行こう、また連絡するね
そう言われて解散した。
連絡は来なかった。日曜も、月曜も。
女性が追いかける恋愛はうまく行かない、そんな言葉は至る所で見ていたし、私はそうはなりたくなかった。
約束をした前日の火曜に送ったLINEは未読だったし、
木曜に掛けた電話に折り返しはかかってこない。
平日は忙しいのかな。
そう思いながら迎えた土日も、うんともすんとも動かない。
仕事をしていても、ボタンの掛け違えはどこだったのかと悔やみ、私は彼女なのかと自問自答し、夕方までは彼から連絡が来てもいいよう予定を入れず、夜になって諦めて会社の先輩たちと飲みに行く、そんな生活だった。
飲みながら、ああ、会いに行こうと思った。
家知ってるじゃん。
その場にいた先輩たちの前で、
彼に会えなかった時の置き手紙をルーズリーフに書いた。
行ってきます!と、堂々と飲み会を早退した。
前回はタクシーだったから、駅から行く方法がわからない、それよりもマンションの名前を覚えていない。
ひたすらに「清澄白河 オートロック 駅近 マンション」等でググった。それっぽいマンションを探して、当たりをつける。
そして彼のマンションに行き、外から光が漏れる様子を確認した。いる。
そして、玄関のオートロックに困惑した、まずい、部屋番号が曖昧だ。
でも階数と部屋の位置はなんとなく覚えている。
そんな時、たまたま他の住民が通過した。
なんてラッキー!
ここまで読んで、ストーカーかな?と思う方もいると思うが、基本的に連絡が取れない恋人(と思っていた人)の生存確認をしに行っただけなので問題は無いはずである。拒絶の意思も確認できない。ただ単に連絡が取れない、これは心配だ。
とりあえず彼は家にいた。
ドアは普通に開いて、え!どうしたの?と言われた。
お前がどうした。ふざけるな。
部屋に入って、なんかよくわからないお洒落なポテトチップスを食べた。
彼は私から連絡してこなかったことで、気持ちに温度差があるのかなと思って、逆に冷めたと言っていた。
意味がわからない。
自分から連絡するって言ったのは誰だ。
もう一回、ゆっくり考えたいと言われた。
何をどう考えるのか、よくわからなかった。
段々と私は確信する、あ、これヤリモクだったんじゃん。
(ヤリモクとかって言うと、女性に魅力がなかったからだ、自分も楽しんだのに一方的に被害者ヅラするな、私はそれでも結婚しました!、等のコメントをツイッターでもらいそうだけど、これは完全にヤリモクであろう。付き合おうという言葉で安心させ、その後何のコミュニケーションも無く一方的にフェードアウトするのは、ヤリモクと呼ばず、何と呼ぶんだ。)
ああ、数年前の話なのにムカついてきた。
彼は、それっぽい言葉で丸め込もうとしたからなのか、今までの中で1番饒舌であった。
私が呆れて話さなくなったのを、納得したと思ったのか、
もう遅いから駅まで送るよ、と言われた。
帰り際に、友達が好きでない子に好かれてしまった話をされた。私への牽制かな。
ああこの人はきっと、私のことを、一度やっただけで家に押しかけてきた面倒な女として友達とのネタにするんだろうと思ったら、すごく自分がかわいそうな存在に思えてきた。
もうこの先はないなと悟った。
用意した置き手紙は使いどころを見失って、駅のゴミ箱に捨てた。
多分他の子とうまくいかなかったんだろう、半年後に久しぶりに再会した。
なんで会ったかと言えば、あんなことをしておきながらのうのうと連絡してきた理由が知りたかった。
結局、理由はわからなかったし、もう駅の改札まで送ってくれることもなかった。
彼は今、結婚して子供が生まれている。
良いパパをやっているようだけど、その娘が彼のような男に引っかからないことを、私は願ってやまない。
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