2人目の音信不通男
もうひとつ、音信不通の男の話をしよう。
社会人になってから、何度目かの夏、
私は恵比寿で合コンをしていた。
終電を逃すまで飲んで、男性たちと解散した後、
みんなでその中のひとりの家に流れて、夜中までお酒を飲んだ。(女性はみんな高校の同級生だった)
誰が良かった、あの人は絶対遊び人だろ、ご飯美味しかった、幹事はセンスがいい、そんなことをつらつら話しながら。
翌日、連絡が来た。
合コンにいた6歳年上の男性だった。
「イケメンだけど、あの余裕のある感じは遊んでそう」
昨日の女子会での評価だ。
相変わらず私は外見に左右されがちなので、素敵だなと思っていた。ただ、そんな評価なので自分から連絡する気にはなれなかった。
他の友達に彼から連絡が来てないことを確認して、私は彼に返信をした。
レインボーブリッジと海を見ながら新しい恋愛が始まる予感に心を躍らせていたのは当時の呑気な私だ。
連絡の頻度は合わなかった。
一往復に数時間かかるのは、経験上あんまり相性が良いタイプとは思えない。でも他に素敵な人もいないので気にしないことにした。
まず、最初の待ち合わせを新宿東口にされた時点で、私はややうんざりしていた。こんな人混みで待ち合わせするなんてスマートじゃないだろ、連絡頻度といい感覚が合わないのかも、と。
ただ、会った瞬間そんな思いは吹き飛んだ。
群衆の中で一際高い背、整った顔、カジュアルでおしゃれな仕事服。あれ、こんなかっこよかったっけ?そう思いながらもテンションはうなぎ登りだった。
そこからの違和感に私は全て目を瞑ることになる。
店が歌舞伎町に近い、イマイチな個室居酒屋であっても、デート慣れしてないんだなと受け取ったし、その店で隣に座られて肩に手を回されても、かっこいいな〜で終わった。
翌週のデートで終電間際にカラオケに行こうと言われても、私と長くいたいんだなと理解したし、その後歌舞伎町のホテル街にいた時も、同様に理解した。
(今考えても相当なアホである)
さすがにこちらもアラサーに片足を突っ込んでいたので、流されながら関係を持つのもポリシーに反したし、流された後ではっきりさせる自信もなかったので、布団の中で付き合おうと言わせた。
(今考えてもやはり相当なアホである)
その後、1週間に一度の頻度でデートを重ねた。
デートと言っても、食事に行ってその後はホテルか彼の家に泊まる。その繰り返しだった。
会ってる時は楽しかった。
デート向きのちょっとお洒落な店で食事をして、カラオケに行って流行った歌を比べて遊んだ、彼が仕事でやっている案件の話もたくさん聞いた。
一度だけ、品川の水族館に行ったこともある、私は初めてじゃないのに初めてのふりをした。彼は大して魚に興味はなさそうだったし、イルカのショーを見て足早に引き上げた。
相変わらず連絡の頻度は合わなくて、
彼の仕事が忙しいことを理由にそのうちデートの回数も減っていった。
久しぶりのデートの時に彼に転職の相談をした。
内定をもらっているが、どちらを選ぶべきか、と。
彼は「彼女がメガバンク勤務だと、彼氏として肩身がせまいので、専門商社にしてほしい」と言った。
企業規模とか何も聞かずにネームバリューだけで判断するなんて、頭が悪くて器が小さい男だなあ
そう思いながらも、彼女という立場に変わりはないことが判明して嬉しくなった私は、今の職場を選んだ。
(やっぱりアホだと思うが、この転職は正解だった)
その日は雨が降っていて、
翌朝、駅までの道を歩きながら、彼の家に傘を忘れたことに気がついた。
もしかしたら、もうここには二度と来ないのかもしれない。うっすらそう思いながらも、傘を取りに引き返す元気もなかった。
そのうち、
段々とこちらが送るLINEにも返信がなくなった。
12月に彼と旅行を計画していたけれど、その前に既に私達は破綻していた。
しかも旅行は彼の誕生日祝いで、転職したばかりでお金もない。幸先の見えない関係にお金を払うほど、私は彼に心酔していなかったし、既にこの関係を一旦整理しなくちゃと思い始めていた。
仕事が変わって疲れているから、旅行はやめにしたいと伝えて、ただのデートに変更させてもらった。
彼からは電話が来たからフォローのつもりだったのかもしれない。温泉に行きたかっただけかもしれないけど。
デートが実現する気はしなかった。
後日、彼からデートもキャンセルしたい旨の連絡が来た時、やっぱりね、と思ってLINEを打った。
「私に何か思うことがあるなら言ってほしい」
散々待たされた側が、歩み寄るのも納得がいかないけど、ハッキリして欲しい、私の時間が勿体無い。
そんな私の気持ちなんて全く考えていないであろう彼は、
3日未読スルーした後、10日既読スルーした。
あ、音信不通だ。
もうすぐ七草粥を食べる頃だ、
仕事が忙しいという言い訳は機能しない。
最後に何か言ってやろうかとも思ったけど、
あえて揉める必要もないだろう、
これ以上、
返信が来ないのもむかつくし、
別れようと言われるのもむかつく、
何事もなかったように食事に誘われるのもむかつく、とりあえず彼からのアクションは何でもむかつく。
そんな境地に至り、私はそっとブロックした。
結局、あの傘は取りに行けなかった。
ちょっと大人になった私は、もう家に押しかけることは出来なかった。
それはとても惨めだと思ったから。
もう一度会っても何も生まれないから。
別れてから1年が経って、
新宿駅のホームで彼とすれ違った。
私は今付き合ってる人と一緒だった。
一瞬のうちに心臓がぎゅっとなった。
私達はただの通行人で、駅の風景の一部だった、
そこからは何の物語も生まれない。
久しぶりに見た彼は、中年に差し掛かったからか、顔が少し丸くなっていて、洗練された格好良さは失われていた。
私はホッとして、横にいる彼氏の顔を眺めた。
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