年下の同僚
前の職場の同僚で仲が良い男の子がいた。
最初に言うと、元彼ではないし、一度を除いて、基本的に何も無かった。
でもなんとなく今も、もやもやするので、書き留めておこうと思う。
その子は年下だった、しかも割と大学生ノリが抜けてない、意識の高い若者だった。
今時のイケメンというよりかは、昭和のハンサムという表現がぴったりの、高身長、高学歴。
いわゆる勝ち組で彼もそれを自覚していたし、その為に割と思いやりとか配慮は無いタイプだった記憶がある。
私もその会社の中で大別すれば比較的同じタイプだった。だから、仲良くなったんだと思う。
受験も転職も、なんとなくそれっぽい道を歩いてきて、恋愛や馬鹿な遊びの経験も一通りある。東京のお洒落な店も多少は知ってて、これはイマイチという感覚も似ていた。
それがわかってからは、比較的気軽な感じでランチに行き、飲みに行き、合コンを開催して友達を紹介し合った。
もちろん、こちらも年頃なので、見栄えの良い年下の男の子を意識しなかったかと言われたら、否定は出来ない。むしろ、何かあればいいのに、なんて思ってたくらいである。
(書いてて恥ずかしいけど、私は相手の見た目に感情が左右されすぎている)
ただお互いにデートしている人は常にいたし、新しいデート相手や、実際のデート報告も当然のようにした。しないのが不自然でもあった。
彼からデート相手の写真を見せてもらったこともあった。他撮りにも関わらずモデルみたいな美貌の女の子が出てきて、驚愕して、悟った。
あ、さすがにこれは私じゃ勝てない。
ちょっといいなと思う男の人に彼女が出来た時のチクリとする感じは、あまり気持ちがいいものではない。
正直、ここには書いてないけど他にも思わせぶりな時はかなりあった。お前は彼氏かよと思うことも多数あった。でも、具体的な行動がないならその意味をいちいち考えても仕方がないことである。
淡い期待を抱かないように、それを悟られないように、私は彼に紹介された人とデートしたりなんかして、毎日は慌ただしく過ぎていった。
梅雨の真っ只中、私は上野の居酒屋で気が乗らない飲み会に参加していた。男性陣の下心が透けて見えるその会は大変イマイチで、なんとかして早く抜ける言い訳を考えていた。
そんな時に彼から誘いがあった。
友達と飲んでるから、つまらない飲み会なんてやめてこっち来なよ!
もう一生会わない人達だから、言い訳なんてなんでも良かった。逃げるように店を出た。勢いよく出てきすぎて傘はお店に置き忘れたから、駅まで走った。
新宿東口のハブは混んでて、会話をするのも難儀だった。私が人数合わせで呼んだ女の子の体型に、彼はこっそり文句を言ってたけど、このタイミングで解散するのもなんかなぁという感じだったので、4人で朝までカラオケに行くことにした。
一通り盛り上がって、酔っ払ってきた頃、時間はもう2時半を回っていた。
まだみんなうっすらと起きていて、誰かがまとめて予約をしたミスチルかコブクロかをただ流していた。
歌っちゃおうかな、とマイクに手を伸ばそうとした時、突然、彼にキスをされた。
真っ暗な中でカラオケのカラフルな照明とテレビ画面の光が、彼の顔の片面にぼやっと映ったのを覚えている。とてもチープだけど、幻想的で、ロマンチックであった。
その時の私は、よくわからない達成感と、その意図を考えるのに必死で、全然集中できなかった。
勿体ないな〜、あの時の私。
どうしたの?と聞いたら、
隣の女の子がベタベタしてくるのがうっとおしくてさ、興味ないって態度で示したかったんだ、とかなんとか言ってた。
私を使わずとも、本人に興味ないって言えば良いじゃないか。絶対私のこと好きだろ。
(当時の私はそんなことを考えていたけど、それは同僚という信頼関係がベースにあったからであって、一般論で考えればただのチャラ男である)
その後、彼はすぐ帰って、私は彼の友達にホテルに誘われたけど、なんとなく義理立てして断って、山手線の始発で帰った。
彼と何かあったのはその一度だけだし、なんならその後しばらく話すらしなくなった。
基本的には私の至らなさと幼稚さが原因。
カラオケの出来事の後、私達は会社で噂になった。
別に何かあったことがバレたわけではない。
職場で、仲が良い男女がいたら噂になるのも当然である。
そのタイミングで私は各所への噂の訂正に追われることになった。
付き合ってるわけないじゃん!でも、ほら、あの子私のこと好きじゃん?
個人的には、友達的な意味で好かれてるからさ〜年下可愛いよね〜仲良いんだ〜くらいのニュアンスで言ったつもりだが、世間への伝わり方は少し違ったようだ。(それは今ならわかるし、多分これを読んでくれてる人にもニュアンスは伝わらない気がしている)
ただ単純に否定だけすればよかったものを、カラオケの出来事を周りには言えない…でも言いたい…という感情で、敢えて余計なニュアンスを付け足してしまって、更にそれが上から目線の発言であり、ついでに相手の立場も気持ちも全然考えなかったことは私の最大の反省点であり、彼からしたら風評被害もいいところである。
あのキスだって何も意味はなかったのかもしれない、全て私の勘違いだったのかもしれない。
私のセンスの無い弁明が、彼の耳にも届いたらしい。嫌な気分にさせてしまったのだろう、なんとなく冷たい態度になり、こちらからも話しかけづらくなり、仲良しですらなくなった。
私に反省すべきところがあるのは明白だが、謝るのも怖かった。修復するよりも、蓋をすることを選んだ。
半年程経った後、デートをしていた彼の友達に呼ばれた飲み会で一緒になり、挨拶と軽口程度は叩けるまで回復した。
仕事上の理由で、ふたりで飲みに行ったこともあった。昔よりもぎこちない空気が流れていた。昔は何を話して、何に笑っていたのか、もう思い出せない。あのカラオケはなんだったの?それすらも聞けなかった。
仕事上の理由も、彼にしてはとても薄いものだとわかってたから、わざわざ私が誘われた意味もわからなかった。でもそこに期待したりするのもやめようと思った。ただの暇つぶしかもしれないのだ。
帰り際に、まだ人の流れがある品川の階段をのぼりながら、
彼女出来たんだよね、と彼は言った。
おめでとう、と私も返した。
もうおめでとう以外の言葉を言える立場でも距離感でもなかったから。
彼が私のことをどう思っていたかはわからないけど、私は多分ちょっと好きでした。
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