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レーシングドライバー「山本尚貴」

2019年10月11日。
日本人レーシングドライバーが5年ぶりにF1マシンで日本GPを走った日。
僕は現地で、彼の38号車トロロッソ・ホンダを、カメラのファインダー越しに追っていた。

彼の名は山本尚貴。当時31歳。紛れもない「日本」のトップドライバーだ。

日本人F1ドライバー「不在」の中で

2014年の小林可夢偉を最後に、日本人でF1の公式セッションを走ったドライバーはいなかった。
詳しく言うなら、まだ過去形ではない。現在進行形でいないのだ。

山本尚貴が走ったのは日本GPのFP1。練習走行である。
そのため彼は、決勝に出場する「真のF1ドライバー」になれたわけではない。それでも、彼が走ることはいろいろな意味で注目を集めた。

日本のトップドライバー「山本尚貴」

山本尚貴は長いキャリアを持つドライバーだ。1994年、6歳でカートを始め、2006年には佐藤琢磨らを輩出した「SRS」という鈴鹿サーキットで実施されているドライバースクールへ。
その後キャリアを重ねて2010年から日本のトップカテゴリ「フォーミュラ・ニッポン」(現・スーパーフォーミュラ)と「スーパーGT」に並行で参戦。
2013年にスーパーフォーミュラでチャンピオンとなり、2018年にはスーパーフォーミュラとスーパーGTのダブルチャンピオンを獲得。

その紛れもなくその実力は日本トップクラス。
彼が所属するホンダはF1にも関わっているわけで、普通ならステップアップできるのでは、と思ってしまうところ、なのだが。

話はそううまくはできていない。

日本人ドライバーに立ちはだかる「ヨーロッパの壁」

世界最高峰のF1は、ヨーロッパが主戦場のレースだ。多くのチームがイギリスを拠点としている。現在そのシートはわずか20しかない。世界中で20人しかF1には乗れない。

佐藤琢磨や小林可夢偉、中嶋一貴といった過去の日本人F1ドライバーはみな、ヨーロッパで数年間、武者修行していた。現在も松下信治や、角田裕毀、佐藤万璃音といった若手ドライバーがヨーロッパで戦っている。

山本には、その経験がない。
チャンスがなかったわけではないが、そのときは掴むことができなかった。
これは大きな壁である。

言語もレース文化も違うヨーロッパ。その姿を山本は知らない。だから彼がF1を走ることは、関係者のみならず、レースに詳しいファンの間でさえ、ありえないとされていた。

「スーパーライセンス」とF1日本GP出走

でも彼は、2019年にその権利を手にする。
F1には「スーパーライセンス」という免許のようなものが存在し、これがないと公式セッションに出場することは原則認められない。
2018年に先出の国内ダブルタイトルを獲得した山本には、通算成績などを総合的に勘案してライセンスが発行された。(日本側とヨーロッパ側の認識の齟齬で紆余曲折があったが、そこは調べてみてほしい。)

このとき彼は31歳になっていた。F1デビューとしては遅すぎるともいわれた。山本には妻(元テレ東・狩野恵里アナ)と双子の子もいる。新たな挑戦にはリスクも相応にある。
それでもホンダと山本は「鈴鹿でF1を走る」ことを選んだ。
そうして10月11日。台風の接近する鈴鹿を、彼は駆けた。僕は目の前のマシンに夢中でよく覚えていないのだが、タイムはレギュラードライバーとほぼ遜色がなかったという。

F1挑戦を「前に進む糧」にして

2020年のF1に山本尚貴の名前はない。彼は今年も、従来どおり日本のダブルカテゴリに専念する。日本GPも今年の開催は見送られた。だから、2019年10月11日の再現は今年はない。

「じゃあ走った意味があったの?」と思われるかもしれない。僕は確実にあったと思っている。世界トップの環境をFP1の1時間半とはいえ経験したことは、百聞は一見に如かずの通り。今後の山本尚貴にとって、大きなプラスになるだろう。

2020年、コロナの影響で開幕が遅れる両シリーズ。
そこでの山本尚貴の活躍を、僕は心待ちにしている。F1を知った彼はきっと去年より強い。そう思うから。


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希央|ライター×発達障害×eスポーツ
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