
#11 長期入院中に動かなくなったもの
脳味噌も内臓も元気なのに
身体の一部が不自由なだけで
ずっと入院生活が続いている
最初の頃は堪え難かったことも
気が付けば気にしなくなっていたり
むしろ楽しむようになっていたり
でもそれは良い変化とは言えない変化だったり。
長くこの生活をしていると
動かなくなったものがあって
それは
ココロというもので。
僕はずっと大部屋生活をしている。
最大4人で一室、隔たりはカーテンのみ。
(今の僕の状況の場合)
ひととの共同生活において
地味にひとから受けるダメージが
「 ひとりごと 」
そして
「 他人とのコミュニケーション 」
である。
まず前者、ひとりごと。
この数ヶ月の傾向として
他者から発せられる独り言の内容の大半は
愚痴、もしくはネガティブな発言だった
逆を言えば
日頃からそういった発言が多いひとは
知らず知らずのうちに
感情が音になっていると言えよう
(そうして感情を処理していることも又
理解している。)
これらは受け流しても勝手に耳に入って来るので
最初のうちはとても悩まされた
SNSとか顕著だと思う。
そのひとの自由で発信しているものが
結果的に誰かに不快感を与えている、みたいな。
無意識な独り善がりが
知らず知らずのうちに
誰かを巻き込み
傷つけている可能性があることを
学んだ。
そりゃ人間なので、
愚痴のひとつやふたつ言いたくなることもある。
だれけど、自分が抱えている不快感を
「相手も一緒に背負うことを受け入れてくれる」
そう思えないのならば
自分の中で消化させるべきだと思った
そうして
いちいち振り回されていたら保たないから
揺さぶらなくなった
そして後者、他人とのコミュニケーション。
これはなかなかに厄介で。
勿論大切なものでもあるし
本来ならば多くのひとと交わりたい属性なのだが
ここでは少々話が別、
必要最低限だけで十分だと感じる。
一方で、コロナの影響で
誰とも面会できないこともあってか、
やたらと患者さん同士で絡みたがる。
朝から元気に井戸端会議
夜まで仲良く同室談話
互いが互いを必要としているのなら
それは良い廻りだと思う
唯
そうでない場合は
一方的な投球に過ぎない
病院での生活において
電話をする時は通話可能な場所が決められており
其処はどうしても「憩いの場」と化している
僕は基本イヤホンをして通話をするが
世間、ましてや田舎では
その光景になれていないようで
敢えて通話中であることをアピールしても
気付いてもらえないことも多く、
最終的にイヤホンをしたまま
スマホを耳に当てるという
よく分からないスタイルを提示しなければならず
もうよく分からない。
そんな場所に居ると
「相席いいかい?」
と、隣のテーブルが空いているにも関わらず
わざわざ隣に座ってくるおじさまがいらして
「どうぞ!」
とだけ告げて通話を続けると
「相席なんて、なんだか喫茶店みたいだねぇ
ねぇ?えへへ」
と相手は続け、
僕は笑って返し、通話に戻った。すると
「なんだ電話してるんか」
と、さっきの笑顔と声色は何処へやら
といった表情を向けてきたので
「あ、すみません。
お気になさらないようでしたらどうぞ?」
と席の移動をしなくても良いように勧めると
「だって電話してるんだろう?!?!」
と更に険しさを増し、短時間の内にキレられた。
そのまま聞き取れない小言を放ったまま
背を向けるように隣のテーブルに腰掛けられた。
僕は、よく、分からなかった。
またある時は
「あなたどうしたの?どこが悪いの?」
と突然ご婦人に声をかけられ
「あ、膝です」
と端的に返答すると
「そうなの!私はね!
一昨日から抗がん剤を始めてね、
ほら見て!ほら!ね!
髪の毛が抜けちゃうのよ!
ほら!ほら!ね!もうね!やんなっちゃう!
はぁー、ねぇ、抜けちゃうのよ、はぁ、」
と、自らの髪を手ですいては
抜けた幾つもの髪を僕に見せて、
さっきまで飲んでいたドリンクのカップに
詰め込んでいき
そのカップをゴミ箱に放り込んで
尚も深い溜息を吐きながら去って行かれた。
僕には
分からなかった
僕には
いろんなことが
分からなかった
分からなかった
僕はHSS型HSP
簡潔になるように
カテゴリーを提示したに過ぎないので、
過敏人間、くらいに思っていただければ幸い
※日々の生活において
細やかな刺激や変化が強烈に感じたり
感情の振れ幅が大きかったりする性質
基本的にとっても感情豊かな属性のひとです
だからこそ今は
なるべく周りに振り回されないようにと
少しずつ、少しずつ、
感覚を閉ざして
感情を固めていった
結果
豊かさを失った
少しだけマイナス方向への働きだけが残った
暫く乗らなかった車が
動かなくなるように
メンテナンスをしないと
再発進できなくなるように
前進するチカラだけが
ピタリと止まって
勝手に坂道を後退していくようだ
映画も、音楽も、アニメも、動画も、
ゲームも、本も、漫画も、なにもかも。
今僕のそばにある
限られたあらゆるもの
何を摂取しても味がしない
唯一の楽しみとも言われる「食事」は
元々そんなに興味がない上
栄養管理バッチリです食はなんだか味気なくて。
下膳されるのも早い為
ただの摂取に過ぎない。むしろ少々苦痛だ。
自分に与えられたスペースに篭り
1日中殆ど出ることはない
20時を過ぎて静かになった頃
ひっそり廊下に出てリハビリをするくらいで
21時には電気を消され、静寂を求められる。
少しでも症状が改善されれば
もう少し心待ちも変わるのかもしれない、が、
良くも悪くも、変化がないのだ。
日常に戻れば
また嫌という程
様々な感情に振り回されるのだと思う
でもそれは随分と先の話
理解もしているし
受け止めてもいるし
なんならその事実に対してさえ
何も思わない
常に一定
ツーっと氷上を進むような感覚
冷ややかで、静か。
それでもこうして遺すのは
こういう状態もあるという事実を
遺したい僕の我儘
ただ分かることは
生きづらい社会において
プラスの感情も
マイナスの感情も
ある程度のマナーをもって
揺さぶり
揺さぶられて
生きた方が
よっぽど
生きている心地がするから
結局にんげんて
感情の生き物
なんだよね
揺さぶることも
揺さぶられることも
悪いことじゃないと思うんだ
もしも、泣いている、或いは、泣きたい、
貴方が、居たら、
それは、生きている、証拠、だから、
我慢せずに、泣いたらいい、と、思うよ
いいなと思ったら応援しよう!
