Kiokavok
百文字くらいの自由なシーケンス 言葉のかたちです
雨が屋根をたたけば 天井から一滴ずつ雨粒がおちる ポト ポト ポト シタ シタ シタ あわてて鍋やバケツをならべる 振り子をゆらせば 柱から一滴ずつ音がおちる カタ カタ カタ ボン ボン ボン あわててタライを置く タライに溜まるものを 縁までいっぱいになったものを 捨てようとするのだけど 重くて持ち上げることができない あふれた音は部屋中に溜まり始めブク ブク ブク プク プク プ やがてぼくを沈める 雷がなって地鳴りがきこえて 駑駑駑駑
ーきっと三日月が好きだったロートレックへー きみの真ん前まで迂回してゆけば きみは私をみてくれるだろうか きみのまえに立ちはだかれば 私はきみのみているものを遮るだけではないのか 回り道をしてまでほしかったのは きみの正面の像ただそれだけだったのか それともきみの後ろにひかえる背景だったのか ちがうはずだ きみがむかっている みようとしているものを 方角をとらえた目を、ささえている肩を きみがつかもうとしている 手に触れたものを
君のよびかけで朝が目覚める よびかけは他の誰にもみえない よびかけは他の誰にもきこえない それはこのからだの芯に感じる信号 よびかけがあれば 私はひとりで行かねばならない 晩餐が華々しいものであったとしても 代行は頼めない 君との逢瀬を ひとりで 無防備で 這いつくばって 身動きせず 最後まで むかえねばならない ひとりで丸腰であらねばならぬということそれ自体が 私をよんでいる でも眠りが足りない私は 君が描いてくれた大陸の地図の真ん中で びしょ濡れになって 浮かんでいたい
靴をぬいでぼおっと立って 足の指と爪と風がどんどん伸びて土にめりこんでいって 皮膚は褐色に染まりそして分厚くかたくなる 両足はそのまま癒着して一本になり のばしたままの腕の関節は固くなって動かなくなる 呼吸と拍も緩やかになり 肺は風の起点であることをやめる 樹はうたわない 樹は問わない 樹は地から私というものを区別してとりださない 樹は樹のそとに根拠というものを区別してもとめない だから 梢の中で鳥はうたい 人にとって樹は道標であり 果実は種を宿した喜びです
母指の手に埋まった関節がいたむ つまむという動作がいたむ つまむということがなければ 開くことも閉じることもできない肉に刺さる刺はぬけない 母指と人差し指とが静かに接近して円になる それは美しいダンスだ 原初のかたまりは分岐し、対峙して世界をとらえる 不器用で右往左往する 薬指である私の関節もいたむ 硬い母指の原の上にある言葉を いつもとらえられない
一枚ずつ剥がれて着地した木の葉のうえにかさなる 獣におられて枯れた枝のうえに積まれた 刈草のなかに起こされた 火と煙というものの 横に老人は腰をかがめていた 頬を紅潮させ 目を充血させて 世界の中のいくつかの像がけむりとなって 世界のなかに融けてゆくのをみている 剥がれてしまった言葉は 折られた言葉は 燃えるだろうか いくつかの名辞 陽に照らされて乾いてしまったいくつかの動詞は 燃えることができるだろうか その根源的な酸化反応は この手に黒い煤と火傷を残せるだろうか あしも
窓がすこし開いていたので 光は四角く切り出されて 眷属の影といっしょに畳の上にすわっている 丸い光は珊瑚樹の木の下で群れて遊んでいる 遮るもののまえで光はけしてあきらめることなく 隙間をみつけて光自身ををきりだす 木の葉が無数の瞼をひらき その褐色の幹の中をながれてゆくように朝をまっているならば 光は たちあがり遮る私のまえで けして迷うことなく 閉め忘れた窓をみつけて 訪ねてくれるだろう
川で遊ぶのは好きだったが 泳ぐのは苦手だった 水泳の手ほどきを受けたのは学校のプール 足のとどく水のなかで 唯一身に付いたのは平泳ぎだった カエルのように両手両足をそろえる あの泳ぎ方はむずかしくなかった というより クロールや犬かきができなかったのだ 足をバタバタさせて 器用に息継ぎしながら右手と左手を交互に漕ぐ あの身体の動作が性にあわない まねしてやろうとすればできなくはないが 強いてやろうとは思わないしできない だから背泳ぎも平泳ぎ式に手足を動かすものだ
時空と言う言葉がある。 時間は1次元であり、空間は3次元だ。 物理学では対称が基本なのに、なぜか。 夢を見る。 一方向にだけ進む時間が、巻き戻され、反復され、改編される。 脳という器官の中で、時間は3次元になる。 AIが進化し、VRがリアルとの壁を乗り越えたとき、 時間と空間はエントロピーの呪縛から離れ、対称性を手に入れるのではないか。
蝮も潜む草むらをゆく 果樹を覆う葛や華や藪がらし、萱にイラクサ ぎっしりと暗号のつまった広大な私有地下から 次々にあらわれる草に囲まれて その草の再生をむしるという行為は追い越すことができないという事実が 次々にからまる ひとりで草をむしれる広さはたかがしれている この土の産出をとめることは容易なことではないだろう それでも 妄念や煩悩や失意や欲望が むしってもむしっても無尽に違ってくる ひとりでは手におえない 広大な、そして愛しい この額と膝と胸を撫でてやろう ひとりでむ
イトトンボがひとつ 羽は小さく透明で 見えるのは端が空色の一本の線 いちという記号が 横になり縦になり 深緑のヤブガラシの群れのうえを飛ぶ 人はいつでも発見する 切実で美しいはじめての いちを
かたく握りしめて拳になれなくてもいい 行き止まりで膝をかかえて弾子にならなくてもいい 一本指で何事も効率よくなんて考えなくていい あなたの想いが最大の表面積をとるように 手を伸ばして 指と指の間をひろげて バンザイをして 思い切り肺を膨らまして 足をひろげて 口を大きく開いて さあ、この大きな大きな赤い林檎に いま、飛びつき抱きしめ、そして齧ろう 林檎にとってあなたが全てであるように
静止した保存された隠された暗い蔵のなかから きこえる 極々小さな音が 時のひと粒ひと粒を齧る顎の音が いや 生のひと粒ひと粒を齧る時の音が 私は 陽にさらして逃げまどう、その黒く小さな硬いものを ひと粒ひと粒つぶすのだが 暗い蔵のなかからきこえる音がやむことはない 私が袋につめた明日が 崩れてゆく小さな音が
ガラスに乳歯が触れなければ 川に樫の実がおちなければ 空洞に風がふかなければ 老人の指が卓をたたかなければ 音はうまれなかった だから 未来へと脱皮していった地球の抜け殻のなかで 悲劇的でも喜劇的でもない誤脱のため 残された私という滓が つまずき、ころげなければ この鈴はならない