【願いの園】第一章 07
いつの間にか、芝の上に立っていた。
広々とした青天井、広々とした平地。まるで雲海に浮かぶように円形の土地であり、私はそのふちに立っている。
そしてその中央――前方数十メートル先に、平たい丸缶のような建物が立っていた。窓からして三階建てで、白を基調として、ホテルのように豪奢な外観をしている。
「あれは管理棟です」
左隣から少女の声があった。さっきの少女だけど、その服は小学校の制服のようなものに変わり、髪も黒になっていた。首から小さな白い花のペンダントをさげている。
その奥の河西くん、そして私の服は変化していない。
「行きますよ」
少女に先導され、管理棟と言うらしい建物に入った――透明なガラスの自動ドアが左右に開き、半円状のロビーに踏み入れる。内装もホテルのように高級感があって、絨毯から調度までシックな色合いで統一されていた。奥の受付も含めて人は居ない。
案内されたのは向かって右手のスペースで、ラウンジだった。
木製のつやつやした丸いテーブルを四つのアームチェアが囲っている。私は少女と対面する形で腰を下ろし、河西くんは椅子を僅かに少女側に寄せてから座った。その視線は極めて不服で、一方少女の方は審査するような鋭い眼差しだった。
「初めまして。私はここで河西祷吏さんのサポートを行っているヒューマノイド――天乃兎梅と申します」
天井の天に、乃木坂の乃、兎と梅で、天乃兎梅です。とのこと。
どうやら人間じゃないらしい。不思議なことが続き過ぎて疑う気力も失せていた。
「気軽にトメちゃんとお呼びください」
私はぎこちなくも頷いた。いきなり距離を詰めるのは苦手なのだけど、とりあえず努力しよう。
「藤田知仍です」
少女――トメちゃんは慎重な声で問う。
「説明の前に確認させてください。これから特定の宗教観をお持ちの方には受け入れがたいことを言うかもしれません。それでもよろしいですか?」
「それは大丈夫、あまり拘りはないから」
「では――」
居住まいを正し、彼女は言った。
「ここは『願いの園』と言って、この世界の創造神が、ヒトの願いを叶えてみようと思い立ったことで生まれた特別な空間です」
以下、説明をまとめると、こんな感じ。
そもそも創造神に人々を救おうなんて考えはなかった。しかし七万年前、夢の中で願いを叶えることをきまぐれに思いついた。
その方法は。
無作為に一人選び、その人の最も強い願いを一つ選ぶ。続いてそれを果たせる施設を構築し、魂を引き抜いてこの空間専用の肉体に移し替え、そこで自由に願いを叶えてもらう、という形。
願いを叶えるまたは肉体が起床すると魂は現実の肉体に戻る。ここでの内容は夢を見ていたような感覚になるけど、その経験は魂が脳を含めた肉体に伝えるため、現実での願いの成就の助けになるかもしれない。
一ヵ所から始めて、今では一億人に対して一つぐらいある。頻度は一週間から一ヵ月で一人で、世界中を考えると、一年間で三〇〇~四〇〇人ぐらいが呼ばれている。
ただ、やろうと思えば毎日何人も呼べるらしい。実際、今まさに河西くん用の特別シフトを敷いており、私にも同様のことができるとのこと。
――以上。
「質問はありますか?」
そうだなぁ。
「河西くんはどうしてここにいるの? いつから?」
「彼は特殊な事例なので詳細は話せませんが、言えるとすれば、彼が人の願いを叶えることを願ったからです。ここは願いを叶える場所ですからね、そういった意志が無ければ従業員にできません。それはもちろんあなたにも言えます」
トメちゃんは一度河西くんを横目で見てから、言った。
「河西さんの手伝いは不要です、彼は一人で仕事ができますし、困ったら私が手伝いますから。なのでそれだけが目的ならここに通うことは許されません。しかし、ここで仕事をするのであれば別です。そういうルールですから」
どうしますか? と彼女は問うた。
聞いた感じ危ないことをしてるようには思えなかった。だけど、伏せられた詳細に何かあるかもしれない。もし本当に何もないなら私はただの妄想思い込み粘着質ストーカーになるけど、それでも。
今はとにかく離れたらダメだ。
「ここで仕事させてください」
「待ってくれ」
河西くんが強い語気で言って、私は反射的に竦んでしまう。チラと視線を向ければ彼は心配そうな顔をしていた。
「願いってのは残酷なものもある。それでもやるって言うのか?」
諦めてほしいという思いがひしひしと伝わってくる低い声だった。でも気持ち悪がってる感じではない。
意を決して彼に向いた。
「それでもやるよ」
ぐっと威圧するように睨まれた。逃げ出したい気持ちを押し殺して、むしろ対抗するように目に力を入れる。
数秒して。
はあ、と彼は折れたように溜め息をついた。
「分かった。でも、覚悟はしておけよ」
まだまだ不服そうにしてる。
だけど、
「うん」
私は力強く頷いた。
トメちゃんから満足そうな微笑がこぼれる。
「分かりました。承諾します」
続けて。
「では藤田さん、また明日お呼びしますので、明日は早めに寝てくださいね」
次の瞬間。
聞こえたのはアラームの音だった。
朝陽が差し込む明るい部屋で、私はベッドの上にいた。
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