【中編小説】恋、友達から(002)
私以外の三人は元々友達で、三年生になってちょうど隣の席だったつぐみちゃんの誘いで私はグループに入れてもらった。つぐみちゃんと葵ちゃんは小学生から、彩ちゃんは高校で友達になったらしい。
新しいクラスで、ほとんど初めましての相手だったけど、幸いにも一緒に居てもいいと思える相手だった。
「萌絵は今まで付き合ったことある?」
友達なのだから恋愛トークをするのも自然な流れで、私は素直に「無いよ」と答えた。そして彩ちゃんは言ったのだ。
「小学六年生のときに同じクラスの男子と付き合ったことならあるよ。まあ小学生のやつだから手を繋いで遊びに行ったぐらいのことなんだけどね」
このときは「へえ、マセてるなぁ」ぐらいにしか思わなかったのだけど、今となっては錨のように私の心に沈んでいる。
なんとか引き揚げたいところだけど、その手立てが見つかっていない。
放課後を迎え、二人で下校する。つぐみちゃんたちはまだ部活を引退してなくて、彩ちゃんは写真部を引退済み。
二人には申し訳ないけど、この時間は好きだ。誰にも邪魔されないから。
「そろそろ受験勉強も本格的にしないとねー」
傘に響く雨音に負けない声で彩ちゃんが呟くように言った。
「そうだね。ちょっと遅い気もするけど」
まあ確かに、と彩ちゃんが軽く笑う。
「そういや萌絵は大学決めた?」
「ううん、まだ」
「そっか。じゃあまだ焦らなくてもいっか」
間髪入れず彩ちゃんは続ける。
「そういえば同じクラスの佐藤さんが最近付き合い始めたって話、聞いた?」
「え、そうなんだ。初めて聞いた」
「今日の物理のときに聞いたんだけどね。この時期に彼氏って、受験勉強大丈夫か心配になっちゃうよね」
「一緒に勉強するんじゃない?」
「好きな人と一緒に勉強して捗るものかね」
「それは……何か別のことをしちゃうってこと?」
思わず慎重に聞き返したら。
「え」
きょとんとされた。
「それはなに? えっと――ああ! 違うってば。そういう話じゃないよ」
「え、違うの? てっきりそういう話かと」
「確かにそういう人もいるかもしれないけど……。……? もしかして萌絵」
「いや! 違っ! そうじゃなくて!」
「まあ恋人同士なんだから悪いとは思わないけどね」
「私恋人いないし、付き合ってもそんなのはまだ早いと思う!」
「ははは、そんなこともないんじゃない? まあ気持ちは分からなくもないけどね」
ここ割と田舎だし、と彩ちゃんは頷く。
なんか凄く大人な対応をされた気分だ。
「ていうか――それもそうなんだけどさ――シンプルに集中できなくない? そわそわしてしまうって言うか、勉強じゃなくてどこかに遊びに行った方がいいとか思っちゃいそう」
「彩ちゃんはそういうタイプなの?」
「うーん。勉強しても恋人関係が崩れないって分かってるなら気にせず勉強できると思うけど、そうじゃなかったら落ち着かないかも」
「あー、分かるかも」
「だよねー。……あ、もしかして受験しないのかな」
それにしても、彩ちゃんはこれを単に世間話としてやってるのかな。それともこっそり私の恋愛観を探ろうとしてるのかな。……たぶん前者だ。彩ちゃんはそういう探りを入れたりは苦手としてる印象あるし。
シンプルに友達とありふれた話をしてるだけ。
たぶんそれだけ。
「萌絵ストップストップ、目の前水たまり!」
「えっ、ああっ」
結構大きめの水たまりがあと一歩のところにあった。言われて立ち止まっていなかったら確実に靴が水没してた……。
「気を付けなよ」
「ごめん。ありがと」
迂回する。
「そういえば彩ちゃん、今日はちょっとご機嫌な気がする。何かあった?」
「え? あー、うん」
隠し切れていない嬉しさの含んだ声が、少し困ったように発せられた。
「実は佐藤さんの話を聞いたついでに私のことを好きな男子がいるって話を聞いてね」
え。
思わず立ち止まってしまった。彩ちゃんが合わせて立ち止まる。
「いや今は付き合うつもりないから『やんわり難しいよって伝えておいて』って言ったんだけどね。さっきも勉強の話したでしょ? でもまあ、好きと思ってくれる人がいたってのは素直に嬉しいからさ」
訊くんじゃなかった。
一つ呼吸する。
それで、いつも通りの微笑を作り出す。
「そうだね。誰かに好きになってもらえるって嬉しいもんね」
「でしょ?」
「本音を言えば、取られなくて良かったと思っちゃってるんだけどね」
「あはは、なにそれ」
冗談のように受け取られてしまった。
でもきっと、それが答えなんだ。
ドロドロと、内臓が壊れてしまいそうな感覚がする。
「嫉妬してくれてるの? それはそれで嬉しいけど」
「そりゃ嫉妬するよ。彩ちゃんと一緒に居られなくなるじゃん」
「萌絵は可愛いなあ、もう」
「もう彩ちゃん」
「ごめんごめん」
強いて言うなら、彩ちゃんが付き合うつもりがないということが、一縷の希望なんだろう。
でもまだ諦めたらダメだ。友達だと思ってるから届かないだけで、だから、何かあればきっと。芳乃ちゃんにもお願いしてるんだし、諦めるのはまだ早い。
だから今は頑張って平然を装って。
「じゃあ、また明日ね」
彩ちゃんの家の前で別れて、私はひとり家に歩く。
ざらざらと響く雨の音が心にノイズを掛けてくれた。
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