【中編小説】恋、友達から(004)
初恋は女の子だった。中学生二年生のとき、クラスメイト。
今まで恋という恋をしたことがなくて時間は掛かったけど、それでもこれが恋なのだと自覚した。
女である私が、女の子を好きになった。
それがどれだけ他人に言えないことなのか、言うまでもない。
伝える勇気なんてなかった。片想いのまま月日だけが過ぎて行き、三年生にあがって違うクラスになったことを機に彼女とは廊下ですれ違うぐらいの関係になって、その気持ちはゆっくりと冷めていった。
初恋は叶わない。よく聞く言葉だ。でもきっと、こんな意味じゃないんだろうなと、そんなことを思う。
そして高校一年生のとき、二度目の恋をした。
同じ部活の先輩。
女の人だった。
三年生で、かっこよくて、凛としていて。
素敵だった。
前回と違ったのは――その人には彼氏がいたこと。
その分気が楽だった。叶わない恋だと安心できたから。
誰かの恋人を略奪するほど私は大胆ではなかったし、仮にそんなことができるとして、女である私をそういう目で見てくれる保証なんてない。
だから今回の片想いは前回よりも楽だと思った――そう思っていたのに。
彼氏がいるだけでこんなにも苦しい思いをするとは思わなかった。
目の前で先輩が彼氏と楽しそうに話している。笑いあって、からかいあって。お互いに好き同士で、端的に言ってしまえばイチャついていて、それを見るたび心を酷く抉られた。
嫉妬した。
私がその横に立ちたい。代わりたい。
その楽しそうな笑顔を私に向けてほしい、ちょっとからかったり逆にからかわれたりしたい、頭を撫でてほしい、二人きりで遊びに出かけたい、手を繋いだりキスとか……。
自分がそうしたかった。
でも、そんなことはただの私の妄想でしかなく、私には手に入れられないもの。
それが現実で、何もできなくて、苦しかった。
苦しかったけど、やっぱりずっと隠し続けることにした。言える訳がない。
そして、先輩が部活を引退したことを機にこの気持ちを押し殺すことを選んだ。
二度目の恋は、酷く苦々しいものになった。恋をしたときも、しているときも、諦めるときも、ずっと苦しかった。
こんな思いするなら、もう恋なんかしたくない。
そう思った。
だと言うのに――
三度目の恋。
クラスメイトの松倉彩。
彩ちゃん。
翌日は曇りだった。
『今日の夜から明日の朝にかけて降りそうですので、遅くなる方は折り畳み傘を持っておくと安心です』
キャスターさんが笑顔で言って、じゃあ私は持って出なくていいかな、と家を出た。
登校途中にいつも通り彩ちゃんと合流して、二人で学校へ。いつものように授業を受けて、また放課後を迎える。
いつもと同じ、何も変わらないままの日常。
私が密かに恋をしていて、彩ちゃんは私のことを助けてくれて。
恋は募って、行く当てもない。
なんてことのない友達として接し続ける、そんな一日。
好きと伝えたいと悶々とし、このままでいいと怯え、情けないままに今日が過ぎる。日に日につらくなっていることを自覚しながらもどうしようもなく。
「雨、降りそうだね」
さあ下校しようというときに暗澹たる曇天だった。降らないと言っていたけど、どうにも雲行きが怪しい。予報は外れたかな。二人とも傘を持っておらず降られたら大変だ。
少し早足で帰路を辿る。
「やば、降ってきた」
校門を出てしばらく、ついに降り始めた。まだ弱いからギリギリ傘を差さなくても大丈夫なぐらいだけど、すぐにでも土砂降りになりそうだ。家まで待ってくれるか怪しいライン。そんな不安は見事に的中して、途中で滝のような雨になってしまった。
ただ、駆け足で急いだことが功を奏して彩ちゃん家まではもうすぐ近くで、私たちは全力で走った。
「うわぁ、びしょびしょ」
玄関に到着した頃にはもう全滅だった。髪は絞れるぐらいで、制服は透けるほど、靴下なんかは気持ち悪いくらいだ。リュックの中はどうなってるだろう……。
「上がりなよ。このままだと風邪ひくよ?」
彩ちゃんが玄関に手をかけながら言った。私は反射的に首を振る。
「ううん、いいよ。走って五分くらいだし、傘を貸してくれれば」
「でも結構エロい感じで透けてるインナー越しのブラを見られるよ?」
「あっ」と慌てて腕で隠す。
どうしよう。彩ちゃんの目を見れない。
同時に彩ちゃんがどうなってるか確認したくなってしまったけど、そんなスケベ心は全力で制する。いや下着姿なら体育の着替えとかで見てるからもはや気にならないんだけど、透けて見えるだけでちょっと印象が……。
「さあ入った入った。友達にリスクを負わせる訳にはいかないからね」
冷静に考えて、もし近所の人に見られたら次からどんな顔して会えばいいか分からない。もしマンションのエレベーターで遭遇したら……。ここはお言葉に甘えよう。
「……お世話になります」
最後まで読んでいただきありがとうございます