【願いの園】間章1
一軒家の一室で、学生服姿をした三人の青年がテーブルを囲ってあぐらをかいていた。まだ陽の高い時刻で、クーラーが絶賛稼働中である。その一人である祷吏は、二人に向かって真剣に話し出した。
「多様性の促進は争いの火種をばら撒く側面を持っていることに気づいた」
二人は揃って難しい顔になるが、祷吏は構わず続けた。
「考え方が増えればそれだけ対立する意見が増えるんだから、気づいてみれば当たり前のことなんだよ。世の中には『それぞれの意見を尊重すればいい』と言う人もいるけど、そもそもその意見が『画一的であろうよ』という意見への宣戦布告であって尊重していないし、人間はそこまで善人になれない。だいたい、みんなが同じ意見の方が平和だ。だって争う相手がいないんだから。だから多様性を肯定することはそのまま争いを肯定することにもなる。そして重要なのが、人間本来の姿はそれということ。つまり人間の本質の一つは争いだ。しかし戦争はクソだ。だから、如何にしてその行き過ぎた状態を回避できるか、そこをテーマにしたい」
言い終えた祷吏は、興奮のあまり浮いていた腰をゆっくり下ろした。
二人は悩ましげに腕を組む。そして祷吏から見て右手に座る青年が、肘をテーブルに置いて半ば伏せた姿勢になって言った。
「重い」
木の葉を蹴飛ばすような一蹴だった。
続いて隣の青年も。
「哲学書とか文芸をやるならともかく、エンタメで扱うには厳しくないか? 主張し過ぎると説教めくし、逆に『分かる人だけ分かればいい』ってすると祷吏は嫌だろ? ちゃんと理解してくれって言うじゃん」
「そ、そこは、ほら、俺が大人になるから」
「「無理だろ」」
二人揃ってきっぱり否定した。
たまらずうーんと唸り、祷吏は両手を後ろについてだらりと身体を反らせる。
「証拠を出せ、証拠をー」
半ば敗北宣言だと自覚しつつ、とりあえず訴えてみた。
みっともないと言わんばかりに呆れた目が左の青年から向けられる。
「今まで作ってきた漫画を読み返してみろって」
「くそぅ、反論できねえ」
観念しつつ、やけくそに言い放った。
右の青年――篠田リチャード高虎は、頬杖をついてあくびをして、何回言っただろうと呆れながら、
「祷吏は思想が強すぎんのよ。『哲人王に俺はなる!』って感じだからな」
「俺は哲学者にはならないよ」
「知っとるわ」
リチャードは手で追い払うように軽くあしらって、身体を起こした。
「でもほとんど哲学者の道に進んでるようなもんなのよ。思想家と言ってもいい」
「今ので思い出した!」
祷吏は跳ねるように前傾になって興奮気味に人差し指を立てた。なんでこれを忘れていたんだろう!
「比較的最近、思想書みたいな漫画で成功した例もあるだろ? ほら『話し合い』をテーマにした戦記系ダークファンタジー」
「「あー」」
二人が思い出したような納得したような声を上げる。しかしすぐに、左の青年――飯田緋呂が、真面目そうな顔立ちを真剣に悩ませた。
「でもそれ、二人が掲載を目指してる雑誌と毛色違うくね?」
「ぬ、確かにそれは」
「それに、それは『話し合い』っていう受け入れやすくて分かりやすいテーマじゃん。祷吏のは複雑すぎる。シンプルイズベスト」
「そっかぁ……」
納得してしまい落胆気味にうめく祷吏。
「ていうか、いつものあの人をテーマにしねーの?」
緋呂は首を傾げた。
極めて純粋な質問として飛んできたそれに、祷吏は「あー」と困ったように目を逸らした。確かにそれは考えていた。でも、やめたのだ。
「それは俺の生き方だから。作品のテーマにするのは違う気がしてる」
真剣に、慎重に、彼は言葉を紡いだ。
まったく……。とリチャードは溜め息をつく。
「そういうところが却って不安って言うか、これだから祷吏は危なっかしくて一人にできねえのよ」
「高虎は俺を心配し過ぎだ」
文句を言う祷吏に、緋呂はふふっと曖昧に笑った。
「俺もリチャに同感だな。釈迦もソクラテスも著述を嫌っていたって言うし、そっちの路線に行きそうだ」
「なるほど、それはありだな」
「やるなよ?」
祷吏は冗談めかしたが、念のため言わずにはいられなかった。
「とりあえず、今のを踏まえて落とし込んでいこうぜ」
そそくさとノートをテーブルの上に広げるリチャード。
不意に祷吏がくるっとドアの方に振り向いた。その驚いたような表情に緋呂が不審そうに「どうした?」と尋ねる。
「なんか足音が聞こえた気がする」
ああ、と緋呂は思い当たる。
「妹だな、時間的に」
「妹いたんだ」
「ああ。機会があったら仲良くしてやってくれ。あ、でも、手は出すなよ」
「安心してくれ」
「そうそう」リチャードはニヤリといじわるな笑みを浮かべる。「祷吏は中学のときから気になってる女子がいるからな」
「マジで? 知らないんだけど」
即座に食いつく緋呂。
これだから思春期は。と呆れつつ、祷吏はリチャードを睨む。
「誤解させるような言い方をするなよ。そういうんじゃないんだって」
「その言い方だと、近くに女子はいるんだな」
「いや。塾が一緒だっただけで、今はもう連絡すら取ってないよ」
本当にそういった感情は無い。ただ俺が勝手に親近感を持っていただけだ。今となっては気まずさばかり。
「いいから話し合いに戻ろうぜ」
祷吏はノートに向いた。それでも少しだけ、あの仏頂面の少女に心配の念を抱いてしまう。
……元気にしてるといいんだけど。
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