【中編小説】恋、友達から(012)
翌日、月曜日。
困ったな、というのが正直な感想だった。
いつものように学校まで二人で歩いていく。
「どうしたの彩ちゃん、なんか悩み事?」
「えっ」つい驚いてしまった。「いや別に、特に何もないけど」
「そう? なんか難しい顔してると言うか、そわそわしてる気がする」
本当に萌絵は人のことをよく見てる。
「あー、たぶん昨日妹に怒られたからかな。映画があんまり記憶に残らなくて話に付き合ってあげられなくて」
「あらら。それは大変だったね」
「まあ私が悪いんだけどさ」
本当に困った。
まず萌絵が女子を恋愛対象としているのか分からない。萌絵はいつも恋愛トークをするとき人の話は真剣に聞くけど、自分のこととなると適当に流すから全然分からない。
まして同じグループの子を好きになるのはマズいって。
そして何より、この前私が自分で「友達で良かった」とか言っちゃったし、反応からして萌絵も私のことを友達としか思っていないと思う。
困った。
本当に困った。
これは中学のときと同じ感じになってしまうかもしれない。
どうしたもんかなぁ……。
うっすら曇り空で体育は外でテニスだった。コート数とローテーションの問題でちょうど休憩となった四人の中に、広本さんがいた。
「体育の授業を甘く見てる人が多いよね。運動――特に下半身をよく使う運動は脳機能に良い影響を与えると言われてて、つまり学力を上げるなら運動は必須なんだけど、運動するより勉強する時間を増やしたいとか言ってる。きっと効率の悪い勉強をしてるに違いない」
なんか捲し立てられた。
「そう思わない?」と同意を求められたけど、正直そんなの知らないし。
「広本さんって合理主義の人?」
「ううん、違うよ。人間の不思議を追究するのが好きなんだよ。今のは得もしなければ楽しくもないはずなのになぜ人間はそんな愚かなことをしてしまうんだろうという疑問」
「はあ」
「まあいいや。今度萌絵と話すから」
「…………」
「なるほど、変化があったみたいだね」
私の無言をどう捉えたのか、彼女は安心したようにそう言った。
「どういう意味?」
「絵を描く人ってね、よく観察するのが癖になるんだよ。そのうえ私は特に人間の機微を読み取る能力が高い方でね、まあ簡単に言えば感情を読む能力が高いと言うのかな」
「…………」
「もし可能性があるならと思って〝きっかけ〟を作ろうと思ったんだけど、実際にそれが効いたのかは別として、結果だけ見れば私は安堵してる」
「なんの話?」
「独り言だよ。萌絵の友達としてね」
何が言いたいのか全く分からない。
「もっと分かりやすく言うとね――萌絵のことをよろしくってこと」
ようやく梅雨が明けてくれると確信させてくれるような晴れ渡る午後の陽気。明日から期末試験でクラス全体が勉強に集中している印象があるけれど、疲れと温かさで眠気が酷い午後一発目の授業は果たして何人が生き残ったんだろうか。私は死んでいた。
それでも次は移動教室だ、私はしっかりと注意を払う。なにせ萌絵のことだ、やはりと言うかペンケースを忘れて歩き出していた。
「はい、忘れ物」
「あ、ほんとだ」
いつものやりとり。
「ありがと」
いつものように言われただけなのに、数割増しで喜ぶ自分がいた。今まではただ放っておけなかっただけのことなのに、今は愛おしさすら感じる。
本当に、ほんの一瞬で、今までの日常がまるで別物のように華やいでいる。
「体育のときの広本さんのあれ、結局意味が分からないままなんだよなー」
本人は分かりやすく言ったらしいけど、全然分からない。あれで伝わると思っているんだろうか。思ってるんだろうな……。
とはいえ、彼女自身に萌絵と恋愛関係になるつもりが無さそうな感じは伝わって来たから、ちょっと安心している。これが勘違いでないことを祈るばかりだ。
あとは、萌絵がどう考えてるのか。
まあこればかりはなるようにしかならない。無理なら無理。大丈夫なら大丈夫。
私にできることと言えば、出来る限り萌絵に意識してもらえるように頑張るだけだ。
放課後、私たちのところにつぐみたちがやって来た。机を合わせて勉強道具を並べる。つまるところ試験勉強だ。
「試験が終わったらどうする?」
ふとつぐみが訊いた。
「どこか行きたいの? カラオケとか?」
私が応じると、つぐみがスマホを取り出して真ん中に置いた。
「月末に花火大会あるじゃん? それ行こうよ」
毎年港でやってる花火大会だ。
「あ、行きたいね」と萌絵。
「だったらみんなで浴衣を着ませんか? せっかくですし」
葵が手を合わせて言った。浴衣は正直面倒臭いんだけど……。
「私、賛成」
萌絵がすぐさま答えた。少し前のめり気味に。そしてくいっと私に向いた。
「彩ちゃんも着ようよ」
まさか萌絵がこんなに積極的な反応するとは思わず少し驚いたけど、うん、萌絵の浴衣は見てみたい。
「そうだね。高校最後の夏なんだから、何かやっておかないと」
それにこれはチャンスかもしれない。
うん、とつぐみも頷いた。
「じゃあ、みんなで浴衣着て夏祭りだ」
夜、お風呂を終えてベッドに寝転がった。ごろごろと端から端を往復して、改めて天井を見上げる。
「早く祭りの日にならないかなぁ」
自分でも笑ってしまうぐらいにソワソワしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます