【中編小説】恋、友達から(018)
「あれ、萌絵は?」
隣にいたはずの萌絵が忽然と姿を消していた。この人混みだからほとんどくっついてる状態で歩いていたのに今あるのは空白だけだ。
「え、いないの?」
「ほんとですね」
二人が振り返る。立ち止まる訳にはいかないから歩きながらざっと周囲を確認して、近くにいないと分かったからすぐに脇に外れた。
「ちょっと連絡を」とスマホを取り出したところまさに萌絵から電話が掛かってきたところだった。私が話し出すのと同時につぐみたちもスマホを取り出して何やらチェックしていた。
「うっかりはぐれちゃったみたいなんだけど、広本さんに呼ばれて海沿いの公園に向かうって」
事情を伝えると、つぐみたちは何やらそわそわと顔を見合わせて無言で様子を窺い合うようにした。で、つぐみの方が折れたのか、頭を掻きながら「あー」と切り出す。
「最近の彩の様子を見てて、まあなんとなく察していたって言うか。その、あれだよ」
要領を得ない言葉を並べる様子は何かをためらってるのがバレバレだったのだけど、同時に嫌な予感がしていた。
「ずっとおふざけで言ってたからあんまり信じてもらえないかもしれないんだけど、別に私らは全然気にしていないと言うか。……ね?」
「そうですね。気にするようなことでもないですし」
「つまりそういうことだよ」
「どういうことか全く分からないんだけど」
あー、と唸ると、つぐみは覚悟を決めたように勢いよく息を吐き出した。そして一周回って普段の調子に戻った感じで、至って雑談のような何気ない様子で言った。
「彩、萌絵のことが好きなんでしょ?」
「っ……」心臓が止まりかけるような衝撃があったけど、ここで露骨な反応を見せれば認めたも同然だ。「そりゃ好きだけど、そんな重大なことのように言わなくても」
「重大なことだからだよ」
「誤魔化してもダメですよ、彩ちゃん」葵が真剣な表情で言った。「最近の彩ちゃん、たぶん無自覚ですけど、萌絵ちゃんを見る表情が明らかに違いますし、今までの倍以上は萌絵ちゃんのことを見てますし」
そんなに見てた?
「ま、勘違いなら勘違いでいいんだけどさ、広本さんが萌絵を呼び出したのはここで彩に選択を委ねるためなんだよ。おせっかいとは思いつつも賛同したってわけ」
そしてつぐみはかっこよく笑って言った。
「別に何事もないように再集合してもいいんだけどさ――どうする?」
お膳立てしてくれたんだ。広本さんも含めてこの状況を作ったということは、きっと萌絵は大丈夫ということのはずだ。
……たぶんここで何事もないように再集合することを選んでも誰も文句は言わない。流される必要も、せっかくやってくれたからと思いに応える必要もない。
だから本当にこれは私の選択に委ねられている。
「…………」
もし何も考えずにここに来ていたら突然のことで何もしないことを選んでいたかもしれない。だけど、
「私、行くよ」
答えに迷わなかった。
二人はどちらの答えでもいいと思っていたんだろう、淡々と頷いた。
「そう決めたんなら、しっかりやってこい」
「頑張ってくださいね」
「うん」
ありがとう。
本当に、ありがとう。
「あ、でも後で合流な」
「結果はどうであれ、とにかく四人で一緒に見ましょうね」
「そこは二人きりにさせてくれないんだ」
「高校最後だし、お膳立てをしたんだから、そのぐらい付き合えよってこと」
「それにどうせ観覧席に来るでしょう?」
あはは、笑ってしまった。
「確かにそうだ。分かったよ」
「行ってこい」
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
二人に背を向けたところで、つぐみから最後に、
「ちゃんと手を繋いで戻って来てよ。冗談じゃなくて、割とガチな話で」
しっかりとガチトーンで言われた。
思わず苦笑する。確かに萌絵がはぐれたのは完全に事故だしね。
「りょーかい」
私は緊張を覚えながら歩き出した。
海沿いの公園はカップルだらけだった。中には男二人組も女二人組もいて、三人以上の人もいて、彼らの関係性がどうだか私には判断しようがないけど、いずれにせよ女子高生二人だけで居ても変に浮くことはなさそうだった。それにみんな自分たちの世界を優先してる感じで周囲のことなんかあまり気にしてないように見える。
どこにいるか分からなかったからとりあえず人の合間を縫って海の方まで行ってみたら、柵のところで広本さんが海を眺めていて、萌絵が不安そうな顔で何か話しかけている。喧噪のせいで全く聞き取れないまま近づいて、
「大丈夫かな」
「覚悟はできてるんでしょ。あとは勇気だけ」
「うん……」
なんの話か分からないけど、もしかしたらと期待してしまう内容を聞き取ってしまった。
「萌絵」
声を掛けると、二人同時にびっくりしてこちらに振り向いた。戸惑いと不安の入り混じった表情をされて私はそれを断ち切るように一歩近づいた。
萌絵には手を伸ばせば届く距離。周囲には聞こえないだろうし、逆にこのぐらい近づかないと周囲の音に声が掻き消されてしまう。
「聞いてほしいことがあるんだ」
萌絵の準備が整うのを待つつもりで口を閉じた。
広本さんが意識していないと気づかなかったぐらいの気配の無さで立ち去って、二人だけとなる。おそらく周囲は相変わらずこちらに興味など無いだろうし、私も周囲が気にならなくなっていた。
もはや、言うつもりの言葉をちゃんと伝えられるようにと心の準備をするばかりで、同時に萌絵のことしか見えなくなっていた。
萌絵は軽く俯くと、肩を上げながら息を吸って、下ろしながらゆっくりと吐いた。そして、私を見上げる。
「彩ちゃん、聞いてほしいことがあるの」
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