【SKCファン小説】良い時間をっ!
ボーカルの男が激しく唾を飛ばしながらマイク越しに叫ぶ。
「今だけは! おまえらの日々の苛立ちを解き放て! 知識なんてものが頭に鍵をかけるんだ! 今だけは! 何も我慢しなくていい!」
ベースが激しく唸りを上げる。
ドラムとピアノ、そしてバイオリンが弾むようにライブハウスを包み込んでいく。
「ぐだぐだな俺たちだから‼ 魔法を唱えて解き放て‼」
ギターを掻き鳴らし、ボーカルの声が再びライブハウス中を駆け巡る。
「さあ、行くぞ‼」
跳ねまわるように軽快なピアノと力強いバイオリンが全面に出て、観客たちの心は否応なしに自由を手に入れさせられる。
歌詞は一番に入り、そこから人々の脳の深い部分が活性化を始める。
世界へ拡大していく猿人たち。
殺し合いを続けるホモ属。
そして幸福と絶望の中で翻弄される現代人。
そこには確かな赤色が脈々と受け継がれている。
「ゆっくりと」
それを辿るようにして、言葉など無意味な領域に眠るものを呼び起こす。
強烈なドラムが徐々にボルテージを上げていき、バンドメンバーも、観客も、脳汁をぶちまけるようにそれに身を任せる。
「走る‼」
「やーねーっ‼」
ボーカルと観客たちとの掛け合い。
激しくぶつかり合う声は殺し合うかのような危険性を恥ずかしげもなく露出して、しかしぶつけ合いの中で人々は混然一体となるような感覚に呑み込まれていく。
そこにあるのはもはや〝鳴き声〟だった。
純粋なまでの人間がそこにいた。
「行く行く行く行く――」
跳びはねる。
腕を振る。
声を上げる。
「Have a good time !」
言い方も楽器隊も少しひょうきんで、僅かに作られた間が一瞬の休憩を与えてくれる。まだ呑まれていなかった人たちはここで一度全体の雰囲気と同じラインに立つことができて、そして再び軽快なリズムが掻き鳴らされることでその場の全員が再度激しさの中へ誘われていく。
そこからよく回る舌が畳みかけるように二番の歌詞を連ねていき、人々はあの感覚を取り戻していく。
「ゆっくりと」
ボルテージが上がっていく。
そして爆発する。
「走る‼」
「やーねーっ‼」
誰もが叫ぶ。
声を出せない人だって心の中で叫んでいる。
腕を上げる勇気が無い人だって心の中で振りかざしている。
誰にどう見られるかなんか気にしちゃいない。
今この瞬間を覆い尽くす熱気の中に、どこまでも純粋なものが発露している。
「you! ベイべー!」
泥まみれで遊ぶ子供たちがいる。
学校のあちらこちらを生徒たちが走り回る。
屋根の上を全力で走る子供だっている。
「お願い、今だけは――」
知識なんて脱ぎ捨て、
我慢なんかせず、
全てを解き放つ。
「走る‼」
「やーねーっ‼」
人々は再び掛け合いをする。
全てをぶつける。
今この瞬間のために。
「ああっ‼ どこまでも行けそうだぜ‼」
やがて曲はアウトロに入る。激しくも緩やかに終わりが近づくことを実感していく。
最後の最後まで、人々は全力を解き放った。
「素晴らしいな、おまえら‼ ありがとな‼」
演奏は終わったが、ギターだけはその音を垂れ流していた。
曲は終わった。
それでもライブハウスの熱気はまだ続く。
※この作品は『レッツゴー武道館っ!☆』をモチーフとしたものです。
※作中には個人の感覚や解釈、意図が含まれていますので、あくまでファンアートとして理解していただけると助かります。
最後まで読んでいただきありがとうございます