【中編小説】恋、友達から(010)
翌日は雨で湿度がえげつないことになっていた。天気予報では、今年は早めに梅雨が明けそうという話だったけど、こうしてがっつり雨が降っているのを見るとそれも怪しく思えてしまう。結果今日の体育も体育館でやることになり、特有のキュッキュが鳴り響いて授業が終わった。
体育は二クラス合同でやるため各教室で男女に分かれて着替えることになっている。着替えを終えてとりあえず待機しようと教室を出たところで。
「あ、体操服忘れた」
萌絵がぼそっと言った。
「なぜ忘れた?」
つぐみがもはや感心するように言った。それにしても体操服は初めての事例だった。
「そういえば彩ちゃんが気付かなかったのって珍しいですね」
「あ、そうだね」
少し驚いた様子の葵に私は自分でも驚くほどに弱々しい返事をしていた。なぜだろう、ちょっとショックだった。別に今まで見逃してしまうことが無かった訳じゃない。私だって気づかないことぐらいある。だけど最近は一度も見逃していない。ショックを受けたのはきっと、それが理由。
萌絵は軽く頬を掻き、「早めに気付いて良かったよ」と振り返った。ちょうどそのとき、一人の女子がやって来て体操服を一式萌絵に差し出した。
「はい、忘れ物」
萌絵が驚いたのも一瞬のことで、すぐに親しげを含んだ感謝の表情になる。
「ありがと、芳乃ちゃん」
彼女はしょうがなさそうに笑う。
「偶然気づいただけだよ。松倉さんもスルーして行ったのにはびっくりしたけど」
っ……。
この形容しがたい悔しさはなんだろう。なんかこう、敗北感に近い何かがある。
「どしたの、松倉さん」
「え、あ、いや」
少し動揺を晒してしまった。それを見て広本さんはニヤリとほくそ笑む。
「別に責めてる訳じゃなくってさ、こういうこともあるんだなって純粋に思っただけ」
煽られてる。
「じゃあ、またね」
広本さんが手を振って去っていき、萌絵は少し嬉しそうにこちらに向いた。
「ご迷惑をお掛けしました」
「大丈夫大丈夫。まだ教室開いてないしさ」
「あ、ちょうど開きましたよ」
みんな歩き出し、私は一歩遅れた。
なんだろう、訳が分からない気持ちが、胸の中に嫌な感じで引っ掛かっている。
そんな引っ掛かりを引きずったまま数日が経過し、金曜日も夜となってしまった。とはいえ今はもうあまり気になっておらず、かなり平常運転だ。
お風呂で熱った身体を冷ましつつテレビを見ていた。来週の火曜日から金曜までがテストで追い込みをかける時期だから、その前に英気を養っている。
「ねえお姉ちゃん。日曜日、映画見に行こうよ」
一緒に見ていた妹が、ふと言い出した。まだ小五だから期末試験の重さは分からないだろうなとか思いつつ。
「勉強があるからダメ」
「私、知ってるよ。それって彼氏がいないのを誤魔化す言葉なんでしょ?」
などと言い出した。小学生って感じがする発言に、どう答えようか迷う。えっと。
「どこで仕入れたのか知らないけど、それは少数派だと思う」
勉強を言い訳にするってあまり得策じゃないと思うし、勉強があるから彼氏は要らないと心から考えている人だっているはずなんだから。
「なんでもいいけどさー、お姉ちゃんはどーせ彼氏いないんでしょ?」
「うん、いない」
「だったらいいじゃん」
理屈が滅茶苦茶だった。
「とにかくダメだって」
「ねえ、見に行こうよ。みんな見たって言うし、私も見に行きたいの。お母さんもお父さんも仕事があるからダメって言うし、お姉ちゃんがいいならいいって言ってたから」
なんでそんな条件出しちゃったかな……。うーん。
断りたいけど、これはどう言っても駄々をこねられる気しかしないなぁ……。
「分かったよ。行けばいいんでしょ?」
結構な時間を削られるけど、これはもう仕方ない。なんとか取り返すように頑張ろう。
私がオッケーを出して、妹は「してやったり」と言わんばかりに喜んだ。単に私と一緒に遊びたいだけだったのかもしれない。まあ分かんないけど。
「そういえば、お姉ちゃんって最近好きな人いないの?」
急だな。
「いないけど」
「ほんとにー?」
「ほんとだって。なんで疑いの目?」
「だった最近のお姉ちゃん、なんか様子が変だし」
「変?」
「うん。だから好きな人でもできたのかなって」
「気のせいじゃない?」
ちょっと前なら自分を好きな人がいたことに浮かれていた気もするから疑惑を持たれてもおかしくないけど、あれは一週間ぐらいで終わった。軽く口説かれて思わず心が傾きかけたのだけど、冷静に考えて付き合いたいと思える相手じゃなかったんだよね。
そういえば、あの頃から萌絵が明るくなっていった気がするな。
もしかして誰かとこっそり付き合っていたり? いやいや萌絵がそういったこと隠すか? まあつぐみたちには騒がれそうだから言わないかもしれないけど、せめて私には言いそうな気がする……。
じゃあ言えない相手とか? 例えば……まさか広本さんと?
ありえなくはない。
ありえなくはないな。
「…………」
なんかムカついてきた。
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