【中編小説】恋、友達から(013)
三章 城田萌絵と松倉彩
彩ちゃんの様子が、最近おかしい気がする。
期末試験の成績が上々だったことで浮かれているという訳ではなく、なんと言うか、まるで恋をしたかのような浮つきようと言うか。それはつぐみちゃんたちも同じ意見だったようで、
「あれは、恋だね」
つぐみちゃんは野次馬的な下卑た笑みをした。わくわくと声が弾んでいる。
翌週の金曜日、午前の授業でテストの返却が全て終わって教室全体が一喜一憂としたまま昼休みを迎え、いつものように教室の端に集まって最初の話題がそれだった。当の彩ちゃんは珍しく購買に行っており、本人が居ない隙を狙った犯行……秘密の会議。
「やっぱりそうなんですかね~……」
葵ちゃんが不安そうに視線を斜め下へ向ける。それを不思議そうに見るつぐみちゃん。
「どったの。萌絵ならともかく」
夫婦設定が持ち出され何か言おうかと思ったけど、先に葵ちゃんが答えた。
「その、好きな人と一緒に行くから私たちとは行かない……ってことがあるかと思いまして」
「ああ……」
花火大会のことだ。
「いや、分かってるんです。友達としてはむしろ応援するべきだって」
「あ、いや。私も四人で行ける方がいいのは分かるから。――ねえ、萌絵」
「そうだよ。……それに、そもそも彩ちゃん、受験があるから誰とも付き合うつもりないって言ってたよ」
「そうなんですか?」
「じゃあ大丈夫じゃん。とりあえず花火大会は安泰でしょ」
「良かったです」
胸を撫で下ろす葵ちゃんの横で、つぐみちゃんが身体ごとぐいっと前のめりになって周囲に聞こえないような声で言う。
「ていうか問題は誰のことが好きなのかってことだって」
「確かにそうですね」
「誰か心当たりある?」
正直考えることも嫌だな。諦めてるとはいえ、好きな人の好きな人なんて想像したくもない。
「彩ちゃんって男女問わず気軽に接してるけど、意外と交友関係は狭い気がする」
私はそう言っていた。
「そうですね……。確かに彩ちゃんって基本的に私たち以外と一緒にいないですよね? となると相手は絞られる気もしますが、でも印象的な人と言えば一人ぐらいですし、その人のことは興味ないって言ってましたよね」
「そうだなぁ……」つぐみちゃんも頷く。「じゃあ男子じゃないんじゃない?」
思わず動きが止まってしまう。
「確かにそうですね。小学生のときに男の子と付き合っていたとは言ってましたけど、女の子がダメとは一度も言ってませんし」
「興味ないと思っていたけど突然――ってこともあるだろうし、可能性としてはあるよなー」
もしも本当にそうだとして、それが私以外だったら、一ヵ月は寝込むかもしれない。
でも、それなりに付き合いのある二人から見ても彩ちゃんにそっちの可能性があると思われてるってことは、もしかして私も大丈夫と期待してもいいのかな。
もうすでに期待し始めてる、と胸の高鳴りが伝えていた。
「「「うーん……」」」
三人揃って頭を悩ませる。私だけは理由が違ったと思うけど。
「どしたの?」
彩ちゃんが帰ってきた。不思議そうな顔してる。
「おかえり~」とそれぞれ出迎えて、彩ちゃんは席に着いた。袋から親子丼を取り出す。
「それで、なんの話していたの?」
尋ねる彩ちゃんに、葵ちゃんは言った。
「正直に答えてください」
「なに、怖いんだけど……」
「彩ちゃん、ズバリ、好きな人いませんか?」
彩ちゃんは一瞬目を丸くして、
「はい?」
心当たりが全く無さそうな清廉潔白な戸惑いを見せた。
「好きな人いないの?」
つぐみちゃんが追撃。
「まったく話が掴めないんだけど……」
やはり心当たりがないのか彩ちゃんは困ったように頭を掻いた。その反応で拍子抜けしたようにつぐみちゃんも頭を掻いた。
「いやその、最近彩が浮かれていたから、てっきり好きな人でもできたのかと……。あ、もしかして、もう彼氏がいるとか?」
「ああ、そういうことか」
ようやく状況を把握したようで、彩ちゃんは首を振った。親子丼の蓋を開けながら言う。
「好きな人も彼氏もいないよ? ていうか、浮かれてるように見えたことがむしろ疑問なんだけど、本当にそう見えてた?」
良かった、と私はこっそり胸を撫で下ろす。
「でも、確かに浮ついてるよ?」
つぐみちゃんに言われ、彩ちゃんは小首を傾げた。
「あんまり自覚ないけど、そうだなぁ……。もしかしたら、花火大会?」
葵ちゃんが前のめる。
「ほんとですか?」
「それ以外考えられないし」
「そうですかぁ」
満足そうに葵ちゃんは姿勢を戻した。葵ちゃんの家は厳しいところらしく、恐ろしい話で最近まで友達と遊びに行くこともあまりできなかったらしい。
「ていうかつぐみ、ちょっと残念がってない?」
「そりゃ好きな人ができたってなった方が面白いじゃん」
「特定の人に聞こえたら面倒なことになるからマジでやめようね」
「うっ。ごめんって。だから無言でジリジリ顔寄せるのやめて」
つぐみちゃんが両手を上げたところで彩ちゃんは満足して顔を離した。改めて割り箸を手に取る。「さあ、食べよう?」
正直すごく安心した。これで本当に誰かいたら、私は泣いていたと思うから。
もちろん、家まで我慢するけど。我慢しなくて済んで、本当に良かった。
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