【中編小説】恋、友達から(009)
勉強が一段落して、約束通り絵を見せてもらうことに。
ベッドの下から縦長でプラスチックの漫画収納ボックスらしきものが一箱出てきた。それにカードがぎっちり入っている。千枚は軽く超えてるに違いない。
「はい、これなら全部見せられるから好きに見ていいよ」
「これならってことは、他にもあるの?」
口を滑らせたらしくばつが悪そうな顔をしたけど、誤魔化しきれないと思ったのか溜め息を一つ。
「描き始めたばかりの頃のが一箱と、最近買ったばかりのが一箱ある。最近のは見せてもいいけど、古いのはダメ」
「んじゃこれだけにしとくよ」
「うん、お願い」
ということで、箱からコミック一冊分ぐらいを取り出して、一枚一枚見させてもらった。
丹念に見ていった。
「あまり期待しないでね……?」
見る前に萌絵はそう言ったけど、とりあえず十枚枚見て思ったことは、それがあまりに謙虚だったということ。素人の意見でしかないけど、部活で描いてた風景画は〝美術〟って感じだったけど、こっちは〝芸術〟って感じがした。
そこから二十枚ぐらい見て思ったのは、全体的な傾向としてファンタジー要素が強いこと。そして、実際に行ってみたくなるようなところばかりで見ていて楽しい。その中には鹿や龍などの動物や、天使などの想像上の存在が登場するものもあって見ていて飽きない。
かっこいいものから慈愛に満ちたものまで。
心が動くのを感じた。
売り物にできるんじゃないかと思う。贔屓目じゃなくて本当に。
「凄い」
思わず感嘆が漏れた。
「いやぁ、これは照れるね……」
「なんで今まで見せてくれなかったのって言いたくなるぐらいに凄いよ、これ」
「そう……かな?」
「そうだよ」
真剣に言うと萌絵はかなり恥ずかしかったのか急に立ち上がった。
「ちょっと飲み物取ってくるね」
と言ってそそくさと出て行ってしまった。
思えば自分の絵を見せて照れてる萌絵って新鮮と言うか、風景画の方は割と平然と見せていた気がする。
「そういえば芸術って表現したいものを絵に込めるんだよね」
以前萌絵が芸術の鑑賞について言っていた。
『芸術は自分の感じたことや思ったことを表現するのが基本だから、鑑賞するときはその絵を描いた人が思ったことに寄り添うことが必要だと私は思ってる。その表現方法なんかは勉強しないと分からないこともあるから、勉強が必要なこともあるんだけど』
萌絵があれだけ照れてるってことは、これはそれだけ表現したいものが込められたものってことなのかな。
萌絵って元々控えめな方だし、もしかして普段言えないようなものもここにはあったりする?
今度は逆側のカードを取り出してみた。
「こっちはちょっと下手かも。たぶん古いやつだな」
見てみれば、こっちは全体的に暗めなものが多い気がした。それに抽象的なものも多くて、私にはもはや何がなんだかってレベルのものまで。
「なんか、色々抱えてたんだろうな」
いつ描いたものか分からないけど、きっとそうなんだろう。徐々に明るくなってるから萌絵の性格が変わっていくのが見える。私は比較的抱え込まない方と言うか、悩むのが苦手なぐらいなんだけど、萌絵って見るからに溜め込むタイプだもんなぁ。
「あ」
ふと思い出して、新しい方から改めて束で取り出すと、そこから目当ての一枚をピックアップした。
亡霊のような少女が両手で抱えた砂を砂漠にさらさらと落としている絵。妙に虚しさを感じて引き留められたやつだ。
それからベッドの下を覗き込んで、ほとんど入ってない箱(新しいやつ)を取り出す。
「二十枚ぐらいかな。どのくらいのペースで描いてるか分からないけど、この絵はたぶん去年ぐらいに描いたものかな」
新しい箱を元に戻して、改めてカードを見る。
「何があったんだろう……」
亡霊のような少女は萌絵自身だろうか。
じゃあこのこぼしてる砂は?
両手で抱えてる意味は?
この暗い背景は?
ふと。
ぼやけて表情の見えない少女が、不意に寂しげな表情をしてるように見えて一気に胸が詰まる感覚がした。反射的に手を胸に当てる。なんだろう。記憶にある感情だ。
それはあまりにも曖昧過ぎて様々な感情に似ている感じがする。だから具体的にどれと断定ができない。何かを失ったときかもしれないし、何かを諦めたときかもしれない。
分からないけど、このままだと感情をもっと引きずり出されてしまうことは分かった。
さっさと全て片付けてしまった。感情の震えのせいで手元もおぼつかなくなっていたから慎重を努めて丁寧に仕舞った。
それから立ち上がって、最初に見つけたユニコーンのカードを手に取る。
優しい絵だ。
穏やかな気持ちにしてくれる温かさがある。
「まさか絵一枚にこんなにも感情を動かされる日が来るなんて」
いや一枚じゃないか。
たくさん見過ぎてしまったんだ。
「そういえば萌絵って水彩画で一枚だけ風景以外を描いたのがあったな」
藪の中にいるカラフルな虎が口からカラフルな色の絵具をよだれのように垂れ流していて、それを一人の男が憐れむように見ているという絵。確かタイトルは『山と月』。
その虎を描いてる途中の萌絵を偶然にも見かけて、それで普段からは想像できないぐらいに力強い表情をしていてゾッとしたんだ。あれは鬼気迫ると言ってもいいぐらいだった。
「なんで忘れてたんだろう」
あんなにも強烈な印象を受けたのに。
今思えばあの絵も充分に強烈な力を持っていた気がする。
そうだよ、萌絵はこういう絵を描く人なんだよ。
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