【中編小説】恋、友達から(015)
晴天の六時過ぎは見事なまでの茜空で、私は観覧席の入場券が巾着袋に入ってるのを改めて確認すると、サンダルと浴衣で彩ちゃんの家に向かった。
浴衣は薄い黄色の生地に赤い花が散らばっている柄で、お母さんが用意してくれたもの。自分で言うのもなんだけど、結構似合ってると思う。
でも問題は、彩ちゃんにそう思ってもらえるかどうか。
彩ちゃんは家の前に立っていた。
紺の生地に金魚が泳いでいる柄で、波紋がよりオシャレに見せている浴衣。彩ちゃんの可愛らしさと美しさに見事に調和していた。
胸がきゅっとなる。
「あ、萌絵。どう? 似合ってる?」
袖を広げてみせる彩ちゃん。
「うん、すごく似合ってる」
「萌絵も似合ってるよ。抱きしめたくなるぐらい」
抱きしめ……っ。
「そ、そんなに?」
「それくらい似合ってる」
「そ、そう……」心臓が行方不明になりそう。「あ、彩ちゃんも、抱きしめたくなるぐらいで……」
「無理して言わなくていいって」
「本当だよ……!」
「ああいや、めっちゃ照れるからさぁ」
彩ちゃんは両手を突き出してストップのジェスチャー。私もかなり照れているけど、彩ちゃんもかなり照れてるみたいだった。
「変なリップサービス言うから」
「いやぁ、まいったね」
珍しくうろたえてる姿だった。可愛い。
それにしても私の心臓は命の危険を感じるぐらいに早鐘を打ってるんだけど、大丈夫かな。ああ、顔が熱い。
「それじゃ、行こっか」
彩ちゃんは促す。
これからつぐみちゃんたちと合流して、まずは縁日を楽しむ。それから花火を見て、終わったら解散。
待ちに待った花火大会だ。
時間通りの六時半、つぐみちゃんたちと合流できた。
「おまたせっ」
つぐみちゃんの浴衣は、白の生地に赤と黄色の大きな花が大胆に散りばめられたもので、つぐみちゃんらしい明るく元気な印象のものだった。
葵ちゃんも葵ちゃんらしく、紺の生地に朝顔柄という清楚でちょっと大人っぽいもの。髪は編み込んでお団子にして、白い花の髪飾りが可愛い。
「間に合って良かったです」と葵ちゃんは胸を撫で下ろす。
「何かあったの?」
「電車に乗り遅れかけたんです」
「だってこれ歩きづらいんだもん」
つぐみちゃんが片脚をちょっと上げた(着崩れるからちょっとしか無理)、慣れないサンダルと短い歩幅が理由かな。つぐみちゃんにとっては窮屈に感じるものかもしれない。
「間に合って良かったよ」
「ほんとですよ……」
安堵と呆れ混じりの息がこぼれ、同様の視線がつぐみちゃんに向く。
「まあまあ、気にしない気にしない」
宥めるように手をパタパタさせてから、つぐみちゃんはまるで財宝を手に入れた海賊のような笑みを浮かべた。
「とにかく行こうよ。金は父さんから大量にせしめてきたから」
災難なお父さんにはそっと手を合わせておこう。
「んじゃ行こっか」
彩ちゃんが進行方向をくいっと指差して、
「おー」
右手を突き上げるつぐみちゃんに、私と葵ちゃんは苦笑した。
縁日は駅から少し離れたところから始まって会場周辺まで続いている。ひとまず手前から順に見て行って寄りたいところを見つけたら声を掛ける――ということで、私たちは屋台の間を歩き始めた。
「あ、金魚すくいあるじゃん」
さっそくつぐみちゃんが指差した。
「いいですね、如何にもって感じです」
「でも邪魔にならない?」
「いやいや、キャッチ&リリースの精神ってやつよ」
と釣り人のようなことを言う。
「お店の人に確認してからね」
と言いつつみんなで屋台へ。許可はもらえたので、お金を払ってポイとカップを受け取ると、さっそくつぐみちゃんがトロ舟の前にしゃがみ、構えた。
「まあ見ててよ。一発で決めるから」
横にしゃがむ私たちにかっこよく言って、近くの金魚に狙いを定めた。金魚は二種類――赤くて小さなのと、ポイの半分の大きさもある黒い出目金。楽しさの中に本気の気配を感じる視線が出目金を捉える。ポイがそっと近づいて、そこから丁寧かつ滑らかな運びで出目金を掬い上げるとポイを破ることなくカップに入れてみせた。
「凄いです! つぐみちゃん、男前です!」
男前って……。
「あの、それ、褒めてる?」
流石のつぐみちゃんも困っていたけど葵ちゃんは純粋そうに。
「はい! 褒めてます!」
私と彩ちゃんは顔を見合わせて笑ってしまった。
それから私たちも挑戦してみたけど大した成果もなく、大漁のつぐみちゃんに感心して次に向かった。
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