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【怪談】屋上からのリボン

 佐々木さんが小学五年生の時、体験した話だ。

 その年度、五年生の教室は本校舎の最上階たる四階に決まった。佐々木さんは内心、「これから一年間、一番上まで登らないといけなくなるのか」と残念に思ったという。
 そして、最上階の教室があてがわれて、今まで知らなかった校舎の構造を知ることになった。校舎の東側と西側に階段があったのだが、東側の階段だけは屋上に出る扉まで伸びていた。但し、その扉はもちろん鍵が掛かっていると言われ、また扉まで行く階段も虎ロープで塞がれ、誰も屋上には行けないようになっていた。

 十二月初め、席替えのついでに、教室の真ん中にストーブを置き、各生徒の席をコの字型に並べることになった。ストーブの両脇の席を相対するように並べるあのコの字型だ。席替えで、佐々木さんは廊下側の列、ストーブ越しに窓の方を向く席になった。授業中は黒板の方へ体をわざわざ向けないといけなくなる。その事を煩わしく思いながら、席を移動した。

 席替えが済んで数日経ったある日。二時間目の国語の授業中だった。
 佐々木さんが体を黒板に向けたり、真正面に直して板書を取ったりを繰り返しているうちに、窓外にひらひらと赤い何かが揺れているのを視界の隅に捉えた。なんとなく、その方向に目を向けると、屋上から相当な長さの赤いリボンが五本ほど垂れていて、風に吹かれて揺れていた。見たところ、この五本のリボンはそれぞれの尾が一つにまとめられて、バラバラに垂れてきているわけではなかった。まとめられている部分は窓の枠外にあるらしく、教室からは赤い線が青い空の中を乱れている様子だけが見える。
『理科の実験か何かを屋上でしてるんだろ』
 その程度に考えた佐々木さんは気に留めなかった。
 しばらくして、やはり視界の隅で捉えたリボンにある違和感を感じた。鉛筆を走らせながら、違和感の正体について考えたところ、それがわかった。
『リボンが下がってきている?』
 さっき見たリボンの位置よりも今のリボンは下の方に見えているように感じた。違和感の正体に気付いたものの、今度はその現象の理由が知りたくなった。
 外壁に貼っているとすれば動かしにくい。棒の先にリボンを結びつけて風を可視化する実験かもしれないが、そのような実験があるのだろうか。そもそも……。
 わざわざ屋上で実験などするだろうか。
 思い返せば、その学校では一切屋上を使っていなかった。ある教師は「フェンスが設置されてないから使えない」と言っていた。やはり、実験などをすることは考えにくかった。
 もうここまで来たら、確認するしかない。
 佐々木さんがリボンの方を見やった。
「ウッ……」
 思わず声を出しかけたが、必死に我慢した。
 窓の上部にリボンを咥えた少女の顔があり、屋上から覗き込むようにして教室を見ていた。屋上からあのようにして覗き込むことはまずできない。もしやってみようとすれば、間違いなく、そのまま落下している。少女は口に咥えたリボンが風に流れて自らの顔に掛かっていることを気にせず、無表情で教室の中を前から後ろ、後ろから前へと視線を移しながら、まるで何かを探しているかのようだった。
 佐々木さんはもう一つ奇妙な点に気付いた。
『髪が、垂れてない』
 少女が咥えているリボンは上から下へ垂れているにもかかわらず、少女の髪は垂れずに空に向かっている。
『おかしい。これ、駄目なやつだ』
 そう思い、目を逸らそうとした瞬間、運悪くその少女と目が合った。少女は口を開けて笑った。その口の中は、佐々木さん曰く、真っ赤、それも血肉の色ではなく、リボンのようなツヤツヤとした光沢を帯びる赤だった、と。

 次の瞬間、佐々木さんは保健室のベッドで目を覚まし、慌てて上体を起こした。それを見てすぐ、養護教諭が担任を呼んだ。
 やって来た担任によると、佐々木さんが突如席を立ち、席に戻るよう言うも聞かず、窓に向かって歩き、そして窓を開けたと思ったら、窓枠に足を掛けようとしたため、担任と窓際の席の生徒が止めたのだ、という。その際、かなりの抵抗を見せたが、窓から離れた途端に脱力し、眠り始めたので保健室に運んだらしい。
 もちろん、佐々木さんは早退することになった。

 翌日は大事をとって休み、翌々日に登校した。同級生から心配されたが、その後心身に異常はなく、卒業まで恙無く学校生活を送ったという。


 ただ、いまだに赤いリボンを目にすると、あの時の少女の笑顔が脳裏をよぎり、全身が粟立つらしい。

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