見出し画像

【朔 #216】野葡萄

 昨日(二〇二四年十月十九日)、近所の山を見ると霧が所々湧いていた。小雨が降っていたが、霧の山に登りたいと思って、自らの装備(本を詰め込んだ鞄、普通のスニーカー、壊れかけの傘)を気にせずに山へ向かった。たまに、こうして衝動的に山に登ることはあって、その山も最早馴染みの山であった。
 登山口に差し掛かる所に小さな神社がある。鳥居に神社と書いてあるから神社と呼ぶが、実態は管理の行き届いた祠といったところか。いつもそこで必ず参拝をしてから山に入ることにしている。小さな賽銭箱はあるものの、回収しているのかわからないため、いつも無銭で参拝する。ただただ、山に入る挨拶をする。
 ところが、参拝を終えて、いざ山に入ろうとした瞬間、山の方からザアッ……と音の塊が近付いてきて間もなく麓にまで雨が降りてきた。一気に強い雨に降られ、驚いて立ち止まった。参拝から三十秒も経っていない。登山口の辺りは谷になっていて(山襞と言ってもいい)、かつて谷に沿って窮屈そうに畑のあった所は、今は大葉亜米利加朝顔(六月から十一月まで花を咲かせる無粋な朝顔、かつ葛と同じくらいの大きさ長さになることもある)の大群生地になっている。大葉亜米利加朝顔の厚い葉に雨が当たる音。トタン屋根に雨が当たる音とどちらが寂しいだろうか。山頂は、雨か霧かのせいで全く見えず、振り返れば、大阪湾は少し荒れているらしい。
 暫く立ち尽くして、帰るかどうか考えた。どう考えても帰るべきなのだが、霧の山に登りたい。うんうん考えても未練が断ち切れず、山に数歩入った。しかし、山の中はこれまで見たこともないくらい暗く、泥濘や落ち葉による滑落の危険性よりも生理的に来る恐怖によって漸く諦め、帰宅の決心をした。その瞬間に頭上の雨音が緩んだ気がして、山を出てみると明らかに雨が弱くなっている。神社の前まで行くと、ぴたりと止んだ。
 これは、警告だったのか。それとも、妨害か。
 前者と受け取り、下山(というほど、山に入っていなかったが)の挨拶と感謝を述べる。傘を閉じて、帰った。
 ガードレールとフェンスの続く坂道を降りていると、行きには気が付かなかったが、野葡萄が絡まっていた。美しい多様な色の実それぞれが雨粒を垂らしている。これが見れただけで、良しとする。

いいなと思ったら応援しよう!