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【朔 #194】切ないではない、悲しい

僕がアメーバだったら、と彼は考えていた。

三島由紀夫『午後の曳航』(新潮文庫)

 アメーバという言葉も随分ノスタルジーを帯びてきて、僕だの彼だのと夏の窓辺に向けて言い募ったとしても、縦しんばそれが私(帛門臣昂)だったとしても、髭を抜く悪癖について君は知らない。モーターが乾いた音を立てる扇風機。巨大な松虫の声を背後にコンビニエンスストアは煌々と灯る。カレーライスが食べたい。一人分のカレーライスを作るのは面倒くさい。二人分のカレーライスも面倒くさい。
 三島由紀夫『午後の曳航』(新潮文庫)を読み進めていて、その性と死は別に気にならないのだが、とにかく登場人物全員が全員、同じものを見ていても別のことを考えていて、無性に悲しくなった。こんなことを悲しむ私も、歳を重ねたなと思う。高校時代、『仮面の告白』(新潮文庫)を読んで、途中まではなにか興奮気味に読み進めていたのだが、ラストシーンを読み終えた途端に一気に冷めて、ひたすら悲しくなった。切ないではない、悲しい。朝な夕な、バスの中で読み進めて、冬の自室で半纏を羽織って読み終えたところまで覚えている。そこから、秋灯の下で漸く他者のぶよぶよしたものに思いが向くようになったのかと。
 明けてからは、午後に三宮図書館へ行って、北村太郎の全詩集を借りる。帰りしな(って、方言らしいですね。帰る途中、という意味)、神戸市立博物館のコレクション展に行くかも。銅鐸を、見る。

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