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【朔 #193】その夢の中

天地無用
ぼくは夢の中で夢をみる

吉増剛造『黄金詩篇』(思潮社)

 蠍が踏んづけている私の日記。
 鯨の歯の代わりにぼろぼろの巻貝があるのか。外出せよ、満月の形質。嬉々として孔雀はずらりと着地する。つまりは複数。つまりは他者、多捨。奥歯色の雲だ。
 猿=涙の匂い。
 天使の名前を誦じて、口笛を禁じて。
 椅子に座って、本を読み、詩を書き、散文を書き、本を読み、葛の花の具合を案じているとふと、一瞬、身体にかかる重力が強まった気がして、殊に脳がぐらんと地に落ちようとする。なんだか怖くなって(あるいは、怖いと思おうとして)、急いで床に倒れ込み、胡座をかいて燐寸を擦る。
 私は煙草を吸わない。君は吸うか。
 日毎夜毎、
 かつ託つ、
 流星と秋の海の位置関係だ。
 犬は自分の顔を抱いて眠る。その夢の中、知らない相貌がぼうっとゆらめいて、それがかつて暮れなずむバッハの何番かだったとしたら、私たち、もう、挑発できる世代じゃないんだ。挑戦だけさせられて……。ざらざらとした音でラジオから聞こえてくるのは工事現場の声だろう。
 低く、低く!
 おい、はよう低く!
 なんしとうねん! 低く!
 神に届く塔は、
 実は地中へと伸びる。
 怖いとか、悲しいとかがあまり記憶に残らない性なのか、驚いたことばかりが思い出されて、郵便受けに溜まってゆく。その郵便受けにも死後には新たな驚きが投函される。私以外の誰かによって。

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