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【怪談】寝室を歩く人

 私が小学校高学年ぐらいの頃、学校から帰ってくると母がこんなことを言った。

「なぁ、聞いて聞いて! めっちゃ怖いことあってん」

 よく聞くとこういうことらしかった。
 当時、和室を寝室としていて、家族全員で川の字に布団を敷いて寝ていた。廊下へ出る襖に一番近いのが私で、逆に部屋の一番奥、ベランダに出る窓に一番近いのが母だった。
 その日、母は未明に目を覚ました。そのまますぐ寝てしまおう、と目を再び閉じる時、足元で誰かが布団を踏んだ感触があったのだという。誰かが踏んで、敷布団が一点に沈み込んだのだ。それは自分の足を跨いで、隣の布団へ。耳を澄ませば、敷布団を踏む時に出る微かな布の音がして、そのまま私が寝ている布団へ。私の布団と廊下へ出る襖の間には半畳ほど畳が剥き出しになっていたのだが、その上を「ペタペタ」と二歩ほど歩く音がした。
『〇〇(帛門の本名)が起き、ベランダの窓かカーテンに何かをして、今から飲み物でも飲みに行くのかな』
 まだまだ寝ぼけている頭で母は考えた。構わず寝ようとして、異変に気付く。襖を開ける音がいつまで経ってもしないのだ。段々と頭がすっきりしてきたので身を起こして襖の方を見ると、襖は閉ざされていて私は立っていない。布団の中ですやすやと寝息を立てている。気味が悪くなって、すぐに寝た。
 朝の時間に言いそびれたのを昼ぐらいに思い出して、一刻も早く聞かせたかった、と。
 そう言うのだった。

 何者かが母の足元から私の足元まで歩き、襖の前まで行くと消えた。あるいは、そのまますり抜けてどこぞへと行った……。
 私は人生で本当にこんな物語じみたセリフを言うとは思っていなかった。
「寝ぼけてたか、夢でも見てたんとちゃうか」
 当時からオカルトや怪談を楽しんでいる人間だったが、先ずはそう言ってありがちな可能性を潰していくのが常だった。
 母は「幽霊はいるかもね」程度の人だったため、私の言葉に賛同した。おそらくそうだろう、と。今回、歩く人の姿を見ていない。ただ踏まれた時の布団の沈み込みを感じ、音を聞いただけだ。夢の延長としてありえなくはない。
「……でも、なんとなくやけど、子どもっぽく感じたんよ。で、この家で子どもって言ったらなぁ」
 何かが母の中で引っかかっているらしかった。そして、ある話をし始める。
 その時語った話は私の記憶には残っていない話であり、軽く衝撃を受けたのだが、それはまた別のお話。
 結局この話は、寝ぼけていた、ということで片付いた。実際、その家で遭遇した不思議なことはこれが最後で、以降何も母から聞いていない。

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