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【朔 #199】九月はやはり変な月

 引き続き、三島由紀夫『午後の曳航』(新潮文庫)を読み進めていて、この短編では初めて辞書を引くことがあった。

竜二は女のコートの下へ手を辷らせ、今救い上げた体が生きているかどうかを確かめるように、そこかしこへ倉卒に触り、しなやかな胴を両手で抱きしめて、房子の存在のありたけを心に呼び戻した。

三島由紀夫『午後の曳航』(新潮文庫)P.105

 この「倉卒に」の意味が、なんとなくわかるが一応調べておきたいと思って調べた。「卒」の字があるので大体わかると思う。その通りの意味だったが、倉卒、良い言葉だ。多分、他の三島作品にも出てきていただろうが、忘れたか、当時はあまりそそられなかったのだろう、覚えていない。
 初めて買った三島由紀夫の文庫本は『仮面の告白』(新潮文庫)。高校生だった。頻繁に辞書を引き、スマホを駆使して読み進めていたのが懐かしい。『午後の曳航』は比較的易しいので、第二部に入って漸く、ということだったが、新しい or 美しい言葉と出逢いたい気もする。それを三島由紀夫任せにしていても、どうしようもないが。
 九月はやはり変な月で、
 残酷極まる月でないことが救いだが、
 次々と連絡が来る。嬉しいことである。
 しかし、理由がわからない。このひと月に集中する理由が。涼しくなって、皆余裕が出てきたのか。昨日も三年越しくらいの人間から電話がかかってきた。高校の先輩である。函館時代の話と東京の話をする。それだけ。
 「なにか、用件があったんじゃ?」
 と訊くと、
 「いや、なんとなく」
 なんとなく、は、案外強いのか。
 なんとなく、人と喋りたい気持ちがわからないけれど、扇風機はそろそろしまいましょう。

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