【朔 #197】我が家の本棚には第二詩集だけ歯抜けの状態で榎本櫻湖詩集が並んでいる
書こうかどうか迷っていたが、書いてみる。
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二〇二三年四月下旬。私は意を決して榎本櫻湖さんに連絡した。櫻湖さんのTwitterプロフィールにあるリンクから『archaeopteryx』のサイトにゆき、contactへ。目的は『増殖する眼球にまたがって』(思潮社)の在庫の有無を確認するためだった。
ドキュメンタリー『Edge』の予告編で一部朗読されているものを聞いて度肝を抜かれ、その詩が収録されている詩集『増殖する眼球にまたがって』を買おうとした。しかし、既に一般流通はしておらず、当時は思潮社に問い合わせることも知らなかったため途方に暮れていると、さっきのリンクの存在に気付き、一縷の望みをかけて連絡したのだ。
Twitter上の櫻湖さんは、屢々容赦ない言葉でリプライを飛ばし、また世を断じ、なんだか怖い人に見えた。連絡をとった時点では違ったが、私が櫻湖さんのアカウントを見つけた時の名前は「豚バラ肉えりか」。強烈だった。こちらの言葉ひとつで機嫌を損ねるのではないか、と思うと、メールを打つのも緊張した。
とにかく、できるだけ無機質に、しかし丁寧な文面で、第一詩集の在庫についての問い合わせを送信した。
今でも覚えている。
四月二十八日。私は兵庫県立図書館に居た。調べ物をとりあえず終えて、入口付近の休憩スペースに置かれたゆとりあるチェアに腰掛け、メールをチェックすると「榎本櫻湖です」という件名のメールが届いていた。瞬時に緊張が走る。恐る恐るそれを開いたところ、そこには穏やかな文面で、在庫はある、他の同人誌などはわからない、という旨が書かれていた。すぐさま返信を書いた。金があまり無かったので、『増殖する眼球にまたがって』だけを注文した。
風も木も、初夏の雰囲気を帯びはじめていた。窓の外の清々しさに、特別な一冊になるであろう詩集を待ち望む心は同調していた。そのほかの詩集はまだ一般流通しているものもある。『空腹時にアスピリンを飲んではいけない』(七月堂)はなかなか見つからないから、また金ができたら再度問い合わせて、在庫があれば買おう。そんな風に思いながら、東京と神戸の距離を考えていた。
そうして予想外のことが起きた。
櫻湖さんからの荷物が届き、わくわくしながら開封すると中には、詩集以外に様々な同人誌や個人誌が同梱されている。これは一体どういうことか。また、支払い方法も指定してほしい、とメールでは書いたのだが、本の他には一筆箋さえなく、支払い方法がわからない。
再度メール。全て支払うので方法を指定してほしい、と。
返信を待っていると、TwitterのDMの通知が来た。見ると、「榎本櫻湖」と書いてある。驚きつつDMを開くと、年齢を尋ねるものだった。素直に二十歳であることを伝えると、二分もせずに「ではさしあげます」と返された。たった八文字で済んでいい話ではない。いろいろと述べて、せめて詩集分だけでも支払わせてほしい、と返すと、今度はとても丁寧で穏やかな長文で返信があった。興味を持ってくれて嬉しいから譲る、読んでほしい、と。
結局、私は詩集とその他数冊をいただいてしまった。嬉しくもあったが、申し訳なさが優ってしまい、ゆくゆくは訊こうと思っていた『空腹時にアスピリンを飲んではいけない』の在庫の有無も、味をしめたと思われたくなくて、訊かなかった。
その、いただいた『増殖する眼球にまたがって』についてだが、周りの人はご存知のように、相当のめり込んでしまい、口を開けば、榎本櫻湖のこの詩が云々あの詩が云々と話し続けるようになった。特に「わたしは肥溜め姫」を愛読、というよりも読まざるを得なくなって、今でも頻繁に読み返している。
その後は、『Röntgen、それは沈める植木鉢』(思潮社)と『Lontano』(七月堂)をインターネットで普通に注文して、読んだ。よって、我が家の本棚には第二詩集だけ歯抜けの状態で榎本櫻湖詩集が並んでいる。
『Röntgen、それは沈める植木鉢』は第一詩集よりも凄かった。もはやメタファーかどうかもわからないし、音とイメージとヴィジュアルとを統べて織りなされる詩の世界には圧倒された。
折しも、西脇順三郎賞が設立され、私は内心、漸く榎本櫻湖を受け入れられる賞ができた、と思っていた。賞が全てではないとはいえ、賞をとればわかりやすい評価の材料にはなる。こんな、神戸の若者に詩集を譲るなんてことをしなくて良くなる。けれども、あと一冊出す体力が櫻湖さんにあるかどうか……、この心配が今は苦しい。
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昨日(二〇二四年九月二十二日)、榎本櫻湖遺稿詩集『Hanakoganei Counterpoint』(七月堂)と『cygnifiant』0号(archaeopteryx)が届いた。
先ず、『cygnifiant』から読む。いろいろな思い出や後悔を読んでいるうちに、ふと気付く。
二十歳だから経済的に苦しいこともあるかもしれない。だから、譲る。
まだわかる。
詩集と一緒に詩誌などを同梱したのは、
全く理由がわからなかった。
サービス精神かと思っていた。
違う。
櫻湖さんは、初期詩篇だけじゃないぞ、と言いたかったんだ……──。
本を閉じる。己の無理解、無知を恥じる。
でもね、櫻湖さん、榎本櫻湖さん、
私は先ず第一詩集を読んでから、その他をまとめて買おうと思ってたんですよ。
勿論、
初期が一番良いだなんて、思っていませんよ。本当ですよ。
『Hanakoganei Counterpoint』、
同梱してくださった本からほとんど収録されています。
実は予め、最新詩集の輪郭を見せてくださってたんですね……。
そう、私は、既に『Hanakoganei Counterpoint』を、読んでいた、の、か。
まだ、あと少し、三冊の榎本櫻湖詩集の隣には並べないでおく、あるいは永遠に。永遠って、怖いけれど、柔らかいものかもしれない。