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9/25 宿命天中殺+忌神の影響の怖さと対処④(事例)後天運、初旬の影響・若年運と晩年運の構造

昨日の続きです。
引き続きシビアな人生の方の事例なので、閲覧につきご注意くださいませ。

「シビアな人生」というと、気の毒な人生、できれば避けたい人生…と、考えるものですが、
算命学の担い手という立場でいえば、あらゆる命式を中立の視点で捉えるのが本来の在り方であり、
「シビア」に見える命式もまた、この世界の不可欠の一部を構成している、という認識を持つことは重要です。

いかにシビアな命式であっても、それを「否定する」ということは、
たとえ一部だけであっても「自然を否定する」ということで、
それは、「自然」の万能性を疑うこと、森羅万象の完全性を疑うことに他ならないからです。

この世界は陰陽で構成されており、
陰があれば陽がある、「小さな陰」があれば「小さな陽」を得る、「大きな陰」の後には「大きな陽」が勃興することにつながる...というのが「自然」の仕組みであり、「森羅万象」の仕組みであって、

だとすれば、「正視に耐えない極悪非道」というのも、高い視座で眺めれば、その先において「想像したことすらないような素晴らしい何か」の可能性につながっているのだといえ、
実は、吉凶禍福はすべて等しく意味と価値がある、というのがこの世界の構造です。

もちろん、こうしたことは「占い」としてご相談者の方にダイレクトに説くべきことではありませんが、算命学の担い手という立場でいえば、いかなることもその両極を見据え、捉え、備え、対処するという思考をもつことが重要なのです。

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