グラウンド・ゼロ
思い返すといつも酔っ払ってた。
常に不安でいっぱいだった。
いつも消えてしまいたい衝動に駆られてた。
死にたいって感じではなかった。
最初から居なかったかのように、存在ごと消してしまいたかった。
自分とは何かがさっぱりわからなかった。
唯一の救いがアルコールだった。
高校生活にウンザリしてた。
意味があるようには思えなかった。
とにかく抜け出したかった。
何かが変わると思いバンドを組んだ
俺はギターを弾いた。
ドラムの奴の家の納屋に、放課後集まった。
そこで毎日練習していた。
一度、学校帰りの小学生が納屋に入ってきたことがあった。
放っておくのも可哀想なので、一曲だけ演奏してやった。
俺が「感想は?」と聞くと、そのクソガキは
「うるさいし、ヘタくそ。」
とだけ答えた。
それが最初で最後のライブになった。
酒を飲み始めたのはその頃だった。
ある日、ドラムの奴が、「親父が酒屋からようけビール買うてるからそれのもや。」
と言った。
俺とドラムの奴とベースのやつで飲んだ。
それはな。もう。
伝えようがないほどいい気分だった。
ここが天国なんじゃないか、と思うくらいだった。
訳の分からない苦しみや、理由のない痛みから俺を解放してくれた。
いつしか、ビールを飲むために通うようになった。
ギターの練習はそっちのけになった。
俺はバンドをクビになった。
酒を飲む手段をなくした俺に、また暗くて重い気持ちが襲いかかるようになった。
神経がどんどん過敏になっていった。
道端に咲く花にすら嫉妬するようになってた。
「何でただ咲いてるだけやのに、可愛いって言うて愛されてんねん。」
誰かは忘れたけど俺にこう言った。
「あんたあれやなあ、カバーのついてない電気コードみたいやなあ。いつショートしてもおかしないで。カバーが必要やな。」
そんなセリフは俺の心までは届かなかった。
ますます落ち込むようになった。
ほとんど笑わなくなった。
言葉がまともに出てこなくなった。
学校はやる気がなかった。
授業中、ぼーっとしてた。
成績は悪くなる一方だった。
ビリから2番目までに下がっていた。
「ああ俺は、ここでも一番になられん。」
そんな事を思った。
赤点が続き、追試の日がやってきた。
俺は布団の中で行くかどうか迷った。
全てが面倒になってきて、そのまま眠ることにした。
俺の留年が決定した。
数日後、校長室に呼ばれた。
「あんな、この学校は一応進学校やねん。イメージが悪くなんねん。留年してでも頑張ります。っていうよりは、やめてほしいねんけどな。」
と校長が言った。
「そ、そうですか。お、俺もあんまり、や、やる気はなかったんで。わ、わかりました。」
俺は学校を辞めた。
その日から俺は眠り続けた。
永遠に眠っていたかった。
2週間ほど眠り続けたある日、同級生の言葉を思い出した。
「居酒屋でアルバイトしたら、タダで酒呑める。」
俺はアルバイトを探し始めた。
タウンページを開き、一番家に近そうな焼き鳥屋に電話をかけた。
「はい、もしもし。」
店長と思われる男が出た。
「あ、あの。アルバイト、したいんですけど。」
「おお、ちょうど探しとってん。いきなりやけど明日面接これる?」
「は、はい。」
「じゃあ明日店まで来て。履歴書とかいらんから。」
「は、はい。で、り、履歴書って何ですか?」
「何?履歴書知らん?まあ、いらんから知らんでええわ。じゃあ明日。」
その日は眠れなかった。
電話なんてかけなければよかった。
俺に接客業が務まるわけがない。
そんな事を夜遅くまで考えた。
次の日、面接のために店に向かった。
店長と思われる男がいた。
面接が始まった。
「年齢は?」
「じゅ、16です。」
「高校生?」
「は、はい。で、でした。や、辞めました。」
「へえ。ここは接客業になるけど、客と喋れる?大きい声出せる?」
「む、無理だと思います。で、でも、で、できるようになる可能性も、あ、あると思います。」
「お前、素直な奴やな。気に入った。明日からおいで。」
俺はなぜだか知らんが面接に合格した。
それから2年ほどそこでアルバイトをした。
まかないと称して、ただ酒をたくさん飲ませてもらった。
空手を習い始めた。
バイクの免許を取った。
ドラッグスターを購入した。
そして、バイクチームに所属した。
その名もグラウンドゼロ。
リーダーは身長の高い17歳の少年だった。
ほとんど笑わない奴だった。
人と話す時に相手の目を見ない奴だった。
しかし、酒を飲むと饒舌になる変わった奴だった。
そう、俺だった。
アルバイトに入ったころ、板金屋の職人が毎日カウンターで飲んでた。
俺は御構い無しに無表情のまま、ひたすら皿洗いをしていた。
「絶対に話かけてくんなよ。」
と思いながら。
いつまでもそういうわけにはいかず、ある日その職人が話しかけてきた。
「お前全然喋らんな。笑わんしな。一杯飲むか?」
俺はどうしていいのかわからず、店長の方を見た。
店長はこくりと頷いた。
「は、は、い、い。」
「なんやお前、どもりか。それで喋らんのか。まあ、ええわ。ビール一杯ついでこい。」
俺は言われるがままに、ビールをついだ。
そしてそのまま突っ立ってた。
「そういう時はな。いただきます。っていうて飲めばええねん。」
「は、はい。い、い。」
「ああ、ごめん。どもりやったわ。ええから早よ飲めや。」
俺は緊張で喉が渇いていた。
そのビールを一気に飲み干した。
「お、やるやん。もう一杯飲め。いただきますは言わんでええぞ。」
「は、はい。」
俺はまたビールを注いだ。
今度は半分くらいを一気に飲んだ。
アルコールが回った。
気分がリラックスして、頭が冴えてきた。
「お。お前、まともに喋れんくせに、なかなか飲めるな。」
「どうなんですかね。俺は飲める方なんですかね。よくわかりません。」
「なんやこいつ。急にまともに喋り始めたぞ。おいマスター。こいつ、ちゃんと喋った。」
と店長の方を向いて言った。
「ああ。そいつ、なんでか知らんけど、酒飲んだらちゃんと喋りよるんですよ。」
と店長は返した。
「へえ。変な奴やな。お前、年は?」
「はい。16です。」
「そうか。趣味はないんか?」
「まあ、昼寝ぐらいですかね。」
「昼寝ってお前、学校は?」
「朝起きられへんので辞めました。」
「へえ。他に趣味はないんか?」
「バイクの免許を取りに行ってます。」
「そうか、欲しいバイクはあるんか?」
「はい。ドラッグスターに乗りたいと思ってます。」
「おお。俺はシャドウに乗ってるねん。」
「へえ。そうですか。」
「お前がバイク買ったらバイクチームでも作ろか。」
「はい。そうしましょ。」
「ほんなら、俺が副リーダーでマスターが会計。お前はリーダーな。」
「え。俺がですか?なんでですか?」
「細かいことはええねん。はよ免許とってバイク買え。わかったな。」
「あ。はい。わかりました。」
俺はそれからアルバイトの数を増やした。
深夜のレジ打ち。
潰れかけのお好み焼き屋。
引越し屋。
荷揚屋。
ホテルのウェイター。
イベント会場の設営。
バイクの免許を取って、ドラッグスターを購入した頃には17になってた。
「おお。お前、やっとバイク買ったか。じゃあ、来週までにチーム名を考えてこい。」
「はい。わかりました。」
チームの名前は、もう俺の中で決まってた。
そして1週間が過ぎた。
「おい。チームの名前は考えてきたか?」
「はい。名前はグラウンドゼロ。意味は爆心地です。」
「わかった。じゃあ明日、グラウンドゼロ結成を祝って、みんなの前でスピーチせい。」
「みんなって3人じゃないんですか?」
「なんでバイクチームやのに3人やねん。俺が若い衆連れてくる。細かいことはええからやれや。」
「は、はい。わかりました。」
その日は眠れなかったか。と聞かれれば、そうでもない。
酒を飲めばなんとかなるか。と思い、何も考えずに寝た。
次の日、店に行くと、副リーダーと会計と若い衆数名がいた。
「おお、リーダー。若い衆には説明してる。心の準備はええか?」
「い、いいえ。は、はい。」
「どっちやねん。はい。では今からリーダーが喋りますんで、静かに聞いてやってください。どうぞ。」
俺はとてつもなく緊張してた。
全く言葉が出てこなかった。
そこに突っ立ってた。
「て、てんちょ。 ビ、ビール下さい。」
蚊の鳴くような声で店長に言った。
店長は素早くビールをつぎ、俺に手渡した。
俺は渡されたビールを一気に飲み干した。
少しはリラックスしたが、まだ緊張は残っていた。
俺は黙って人差し指を突き立て、店長にビールのお代わりを要求した。
店長はまたビールをつぎ、さっきと同じように俺に手渡した。
俺はまたさっきと同じように、渡されたビールを一気に飲み干した。
そして目を瞑った。
きた、きた。
体が完全にリラックスして、頭ははっきりと冴えていた。
やり過ぎた。と感じたものの、もう遅かった。
魂の箍が外れた気がした。
きた、きた。ほらきた。
胸のあたりから暖かい何かが湧き出し、全方向に広がっていくのを感じた。
日々のあれこれなんて、今やどうでも良いジョークだった。
俺はゆっくりと目を開け、そしてゆっくりと目を閉じた。
光で満ちた世界が立ち現れ、また何もない深い静寂へと戻って行った。
この場所に悩みはなかった。
苦しみもなかった。
全ての始まりの場所。
全てが終わっても残る場所。
全く何もないようで、全てが在る場所。
時間を超えた場所、そして時間が生まれた場所。
俺はこの場所をグラウンドゼロと呼んでいるんだ。
「おい、お前。今寝てたやろ。」
しびれを切らした店長が俺に言った。
「寝てへんわ。会計のくせに、偉そうに言うなや。」
この返しが、なぜだか受けた。
調子に乗った俺は、さらに話つづけた。
「おはよう。
俺がリーダーや。
チーム名は、グラウンドゼロ。
意味は爆心地。
アホなお前らでもわかるやろ。
毎日毎日、くだらんことで頭悩ましてるみたいやなあ。
ここに戻ってきたら全てゼロや。
しんどなったらここに帰ってきて、ゼロに戻そう。
ほんでまた、ここから始めよう。
ここから広げよう。
ここから爆発させよう。
ここが爆心地や。
ここがグラウンドゼロや。」
そのあとの事は一切覚えていない。
その日から俺は、人が変わったように性格が明るくなった。
可愛い彼女ができた。
条件のいい就職先が見つかった。
というハッピーエンドだと思った?
そんな事はない。
ハッピーエンドでも、バッドエンドでもない。
まだ終わってはいない。
俺のストーリーは今もなお、この何もない場所から紡ぎ出されている。
グラウンドゼロは解散していない。
爆心地は、今この瞬間にある。
静寂さは時に、爆発的なエネルギーを生み出す。
おはよう。