案外 書かれない金継ぎの話(25)糊漆〜デンプンを利用した接着剤〜
糊漆は、漆にデンプン糊を混ぜた接着剤です。日本では稲作が発達したため米から作るデンプン糊が広く使われてきました。金継ぎでよく登場するのは、続飯と姫糊です。
続飯と姫糊の違い
現在はどちらも炊いた粳米を加工して作りますが、元は、蒸した米を練ったものが続飯。煮て作った粥を練ったものが姫糊です。調理法(加工法)が違うわけですが、成分は同じ米デンプンです。
今回は続飯と姫糊をまとめてデンプン糊と表記して話を進めます。
米デンプンが糊になる仕組み
粳米に含まれる生デンプンは常温時、硬く水に溶けないβデンプンの状態で安定していますが、加水して熱を加えると溶けて粘りのあるαデンプンに変化します。加水加熱によりβからαデンプンに状態変化することを糊化と言います。
加熱を止めて徐々に冷却していくと、αデンプンは離水してβデンプンになります。このαからβデンプンへの状態変化を老化と言います。老化したβデンプンは再加水加熱することでαデンプンになります。
このようにデンプン糊は、温度によるデンプンの状態変化を利用した接着剤です。
ちなみに、粳米はアミロースとアミロペクチンという2つの多糖結晶からなり、糊化した時にアミロースは硬さ、アミロペクチンは粘りに関与します。糯米はアミロペクチン100%なので粘りの強さは糯米(白玉粉)の方が上ですが、老化の主原因となるアミロースを含んでいないため糊にするのは粳米の方が良いようです。
デンプン糊の特徴
糊化するとモチモチとした弾力と粘りが出ますが、小麦から作る盤石糊に比べると粘着力は弱めです。
米デンプンは植物デンプンの中で最も粒子が小さく、凹凸のある面に入り込みやすいため高い機械的結合(投錨効果)を得ることが出来ます。多孔質物への接着強度は木工用ボンド(酢酸ビニル系接着剤)と同程度だそうです。土鍋の使い始めに米の研ぎ汁で煮るシーズニング処理は、こうした効果を利用したものです。
また、砥の粉のように凹凸面を滑らかにする働きもあるため印画紙や化粧品のコーティング効果として使われる事もあります。
βデンプンは水に溶けませんが、デンプン粒の結合が外れるため糊としての耐水性は低く、吸水すると結合が落ちて流動性が出ます。
糊漆の作り方
金継ぎで使う程度の少量であれば、上新粉に水を加え、スプーンで加熱させると手早く簡単にデンプン糊が作れるのでお勧めです。加熱はライターで十分ですが、ライターが無ければコンロの弱火でも可能ですが加熱範囲が広いので火傷には注意して下さい。
上新粉に加水します。
上新粉1 水2.5(重量比)
を計量したら、良く掻き混ぜて乳濁させます。上新粉は水に溶けませんが、斑なく糊化するよう必ず良く混ぜて下さい。
上新粉は直ぐに吸水するので、浸水時間を取る必要はありません。
金属スプーンに移し、ライターで加熱します。あまり火が近いと部分的に焦げるので、少し遠目から円を描いてスプーン全体を温めるようにします。
20〜30秒加熱しスプーンが熱を持ってくると外側から糊化が始まります。プツプツと煮えて乳濁液が透明になってきます。
全体的に透明度が上がったら、火を止めて予熱で水分を蒸発させながら手で触れる程度になるまで待ちます。急冷させると老化が起こらなくなるので、時間をかけて室温まで冷まして下さい。
冷めたらパレットに移し、粘りを見ながら滑らかになるまで練ったらデンプン糊の出来上がりです。
漆と混ぜる際の計量は、デンプン糊の水分量が一定していないので重量比ではなく体積比の計量になります。
デンプン糊1、素黒目漆1
が標準的な比率ですが、接着する器の状態に合わせて漆を少し多めにするなど状況判断して下さい。大切なのはダマが無くなるまで良く練ることです。ダマは漆と混じっていないデンプン糊なので残っていると耐水性が落ちます。漆と十分に混ぜて耐水性を出す必要があります。全体に滑らかで均一な粘りになったら糊漆の出来上がりです。
糊漆の特徴と使い方
粘着力はあまり強くないため、接着面の漆の残留および硬化後の機械的結合の強さを目的とした使い方になります。凹凸の強い(粒の大きい)素地、吸水性の高い陶器などの接着に向いています。
漆と混ぜているので耐水性はありますが、粘着性を優先してデンプン糊を増やすほど耐水性は低下するので、デンプン糊は50%を上限にして十分に漆と混ざるよう練ることが大切です。
糊漆は接着面に塗った後、時間を置かずに張り合わせます。あまり時間を置くと粘着性が落ちたり、接着誤差が大きくなってしまうので注意しましょう。
張り合わせたら乾くまではマスキングテープなどを使って固定する必要があります。
保存はサランラップで密閉すれば1日程度は出来ますが、徐々に老化してしまうので基本的には使い切りで保存不可と考えたほうが良いと思います。
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