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案外 書かれない金継ぎの話 Spinoff 8 筆の持ち方について
金継ぎで直す器は高さのある立体物で、紙に文字を書いたり絵を描く時と違い作業の多くが曲面です。飯碗や丼のような比較的ゆるやかな曲面に線を引く作業はそうでもありませんが、湯飲みやマグカップのような筒状の内側になると、綺麗に線を引く難易度はかなり高くなります。実際、カップの内側は細い線を上手く引けないという話はよく聞きます。
この問題には、いろいろな解決アプローチがありますが、その中で意外に見落とされがちな筆の持ち方の工夫について解説しようと思います。
筆運びの基本
漆で線を引く時は力を抜いてゆっくり筆を動かしましょう、という説明は少し詳しい金継ぎのハウツー本では必ず書かれています。細い線ほどゆっくり動かすのが基本ですが、意識してゆっくり動こうとするほど体に力が入ってしまうものです。太極拳のように力を抜きながらゆっくり動くには訓練が必要で、これは繰り返し練習するしかありません。
そして、練習の際、案外見落とされがちなのは、筆で線を引くための持ち方の工夫についてです。人は何かを書く時に、鉛筆やボールペンや筆などいろいろな筆記具を使用しますが、筆記具を上手く使うためには持ち方を工夫する必要があります。ポイントになるのは、筆記具先端の硬さです。
硬筆の持ち方
鉛筆やボールペンなど先端が硬い筆記具を硬筆と言います。
小学校に上がると、字の書き方を教わる際に鉛筆の持ち方も習います。下の写真のような持ち方で、親指と人差し指で輪を作り、その形で筆記具を挟んでから下に中指を添える、という説明が多いと思います。
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基本的には箸も同様の持ち方をするので(箸は中指の下にもう一本、棒が入りますが)、食事の際の鍛錬により日本人は筆記具全般について同じ持ち方をするのが身についているかたが多いと思います。
しかし、この持ち方は鉛筆やボールペンなど先端が硬質で、かつ、先端を擦り付けながら比較的早く動かすためには効率の良い持ち方ですが、実は、先端が柔らかい筆記具にはあまり向いていません。
軟筆・毛筆の持ち方
先端が柔らかい筆記具を軟筆といい、その中でも先端が繊維を束ねた穂になっているものを毛筆といいます。
毛筆の持ち方 その1
毛筆は、穂に液体を浸み込ませ、繊維に溜まった液体を重力や毛細管現象を利用して少しずつ落としながら筆記します。そのためには硬筆よりも軸(筆菅)を立てて持つ必要があります。
最近は、書道の授業や絵手紙教室で筆の持ち方を教える事はあまり無いようですが、毛筆は硬筆のように指の先端ではなく、親指と人差し指の腹で軸を挟み、その横に中指を軽く添えるという持ち方をします。こうすることで筆が立ち、更に指の腹で挟むため軸との摩擦抵抗が大きくなるので手に力を入れずに筆記する動作が出来るようになります。
金継ぎで使用する筆も毛筆ですので、このような持ち方が基本になるわけです。
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毛筆の持ち方 その2
筆の穂の先端を命毛、穂の付け根に近い部分を腰といいますが、水墨画の場合は特に線に多彩な表現を生むため、命毛から腰までを自在に使えるよう、親指と人差し指ではなく、親指と中指の腹で筆を持ち人差し指を軽く添える。と、昔、中国人の先生に教わったことがあります。
この持ち方は慣れるまでに練習が要りますが、細身で深さのある湯飲みやマグカップの内側の底に線を引く時には意外と重宝する持ち方なので、練習をしてみる価値はあると思います。
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ちなみに、白磁の大壺ように器を寝かせて作業が出来ないものに染付(呉須という顔料で絵を書く)や赤絵(極彩色の顔料で絵を書く)をする場合は、写真のように筆を親指の付け根に乗せ、中指の腹で固定するという持ち方をすることもあります。
私はそこまで大きな器を作ったことも直したことも無いので、この持ち方で作業をしたことはありませんが、中国の染付の動画ではこの持ち方で壺に非常に細かい図柄を描いていたりしますので、慣れると扱いやすいのかもしれません。
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いずれにしても、硬筆の持ち方で特に不便がなければ無理に矯正する必要は無いと思いますが、知っておいて損はありませんし、もし、なかなか上手く筆で線が引けないという方は、毛筆に合わせた持ち方をしてみたり、自分なりに筆の持ち方を工夫して金継ぎをしてみるのも一考ではないかと思います。
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