案外 書かれない金継ぎの話(15)金が蒔ける条件
今回は金を蒔く時のポイントについて書きたいと思います。第13回で金が綺麗に見えるには下地作りが大切だという話をしましたが、金蒔き作業も粉を受け止める赤漆の扱い、つまり金の下層の作りが大切になります。ポイントは、『厚みと作業量』そして『半乾きの見極め』です。
厚みと作業量
漆は厚く塗ると、乾燥時に縮れて凹凸が出てしまうので厚く塗らないようにしましょう、という注意は必ず聞くと思います。極々小さな金の粉体を接着出来れば良いわけですから、切手の裏の糊と同じくらいの薄さで十分なわけです。薄く塗る事は金蒔きの絶対条件になります。
そして、もう一つの大切なポイントは、同じ速さで漆が乾く作業量の見極めです。大きな器に何本もヒビが入っていたり、二股三股に分岐する複雑なヒビなど、作業時間が長くなるほど最初と最後で漆の乾きに差が出ます。筆に慣れていないと慎重になり過ぎて時間がかかるかもしれません。梅雨時などは、塗り終えたら塗り始めが半乾きになっていて金を蒔くタイミングが分からなくなったりします。
漆が乾く時間から、自分がどの程度の時間で塗り終える事が出来るのかを逆算し、場合によっては内側と外側を別の日にやるなど作業を分割することも考慮した計画を立てる必要があります。1日で全ての金蒔きを終わらせる必要はありません。のんびりやりましょう。
半乾きのタイミング
赤漆を塗ったら、筆を洗いながら半乾きになるのを待ちます。どんなに漆を薄く塗っても金粉よりは厚みがありますので、塗って直ぐに金を蒔くと、金粉が沈んで漆の表面に残らず金色になりませんし、大量に金粉を乗せると粉の凹凸で光沢が悪くなります。そのため、金粉が沈まない程度に固まっていても粘着は失っていないタイミングを狙うわけです。しかし、この半乾きの見極めは本当に難しく、金継ぎに慣れてきても判断に迷うものです。半乾きの時間はある程度の幅がありますが、金粉が綺麗に乗る状態は意外に短時間なのです。
光沢の変化
漆を塗った直後は、水面のようなキラキラした光沢感があり、これを濡れ色と表現します。漆が乾いてくると、この濡れ色が変化してきます。文字で表現するのは難しく、写真で撮っても区別できない程の、経験しないと分からない違いですが、敢えて書くと非常に薄い膜が張ったような感じになり僅かに艶が落ちてしっとりした感じに落ち着きます。
色の変化
漆のウルシオールは酵素の働きにより酸化し、ウルシオールキノンに変化して一時的に色が濃く(暗く)なる性質があります。この色の変化で乾き方が判断できます。(ちなみに酵素酸化で生成されるウルシオールキノンは、その後の酵素を用いない自動酸化に移行すると徐々に分解していきます。)
残った赤漆をサランラップに移して密封すると乾かなくなるので、塗った直後の赤漆の色を保持出来ます。このサランラップで密閉した色と、乾き始めた漆の色の違いで蒔くタイミングを計ります。
弁柄が50%以下の赤漆であれば色の違いはより分かりやすくなります。自分で弁柄を混ぜて作る方は、いつも同じ割合で混ぜると色の差が読みやすいでしょう。
写真は分かりやすいよう、かなり差が出てきた状態で撮りましたが、ここまで差があると乾き過ぎで金が乗りません(乗っても指でこすると取れます)。右の色になる手前で金を蒔きます。
曇り具合(青い息と白い息)
ヒビのような細い線では判別が難しいですが、欠けの修理など塗る面積が広いと、ハ~っと息を吹きかけた時の曇り具合で確認できます。
息を吹きかけても曇らない時は乾き始めていません。曇り具合には「青い息」と「白い息」があり、一瞬曇って直ぐに艶が戻るのを青い息。曇った後にす~っと曇りが取れていくのが白い息になり、青い息から白い息に変わるときが蒔き時です。曇りがなかなか消えない場合は乾き過ぎです。
指触
軽く指先で触ってみて、粘着力は感じるけれど指に漆が付かない状態がベストになります。修理箇所に直接触ると指紋の跡が残ってしまうので、小皿やタイル、ガラス板など別なものに塗って、そちらを触るようにします。施釉磁器やガラス板は、漆が乾いた後、水に浸けておけば剥がれて綺麗になるので何度も使えてコストパフォーマンスが良いです。
指で直接触れたくない方は、手袋をしたり、ヘラや綿棒などを付けて確認することも出来ます。。
半乾きの見極めにはいろいろな方法がありますが、どれも経験が必要になります。実践では一つの方法に固執せず、複数の方法を組み合わせ最適なタイミングを計るようにします。
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