![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/4215835/rectangle_large_9efe164f518c367b0c377ad2b2df69cc.jpg?width=1200)
明日はないかもしれない物語
傘をさしていた。
傘は何色だったのか、思い出そうとするも海馬のなかで混ぜられた発酵具合は強かだった。ただ、傘をさしてくれた右手だけは鮮明に思い出せる。何れくらい待っていてくれたのか、傘をさしてくれたその手は微かに震えていた。
わたしの傘は壊れていた。外では傘の集合体で生成された怪物が、今か今かと待ち構えている。その手がさしてくれた傘がなければ、わたしは怪物に喰われていただろう。
踠き、足掻き、苦しかったのだろうか。溺れていたのか、呼吸はどこにあったのか。わたしも怪物も恐らく同じだった。
わたしは傘を広げた。その瞬間、怪物は傘に溜まった滴の如く飛散していった。散った傘の行方はわからない。また何処かで怪物の一端を担っているのかもしれないし、ただ誰かの雨を受けとめているのかもしれない。
あの日、さしてくれた傘はまだ毛布のなかにある。いつか返そうと思っていたんだ。いつかその手を握りたかったんだ。
わたしの閉殻筋が静かに殻を閉じた。わたしは、また眠りについてしまうのだろうか。また夢のなかを彷徨するのだろうか。
雨は降っていた。
眠っていたのか。そのとき何かが響いた。殻の外を何かが叩く。
わたしは閉殻筋に少しだけ力をこめた。