人のお陰、じぶんのエゴ 思索メモ #10
よく言われる話だが、インタビューで、取材相手の話を「引き出す」という言い方がよくされる。
それも間違いじゃないかもしれない。しかしあたかも、取材対象者の心の奥底に秘めていたものを、“インタビュアーの巧みな話術によって” 獲得したかのように聞こえてしまう。そこにはインタビュアーの傲慢さが垣間見える。
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取材対象者が自分によく話をしてくれるとき、それはインタビュアーの話術がそうさせているのではなく、相手が心を遣ってくれているから。真摯に心を砕いてくれているから。
上手な話の聞き方はたしかにある。だが、聞き手は “信用されるために” どう振る舞うかが重要なのであって、それは話を引き出すテクニック的なことではない。
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技法ばかり重視すると結局 “ボロ” が出て信用を失う。対話にはその人の心を熱源として、表情や声のトーン、口調、テンポや言葉の選び方など、醸し出される情報から自然に本音が出てしまうもの。小手先で話しているか、心で対話しているか、相手にはすぐにわかってしまうものだと思う。下手に「仲良くなろう」とする必要さえない。
当たり前のことだけど、インタビューはインタビュアーの “腕” なんかで決まるものではない。取材者と対象者の信用でともにつくるもの。
ライター 金藤良秀(かねふじ よしひで)
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