だから都会暮らしはやめられぬ
出会いというのは、いつだって予想がつかない事だから面白い。
「今年1番の出会い(暫定)」は、都内で開催されたあるミュージシャンのライブへ行った時のこと。
隣の席にいた50代半ばのおじさん2人組とお喋りをすると、思いがけず「ミッシェルガンエレファント」というバンドの話で盛り上がってしまった。
特にデビュー前のインディーズ期、メンバーがまだ全員大学生だった時代について妙に詳しいので、なぜそんな細かいことまでご存知なのですか?と伺うと、思いがけない返しがきた。
「俺たちミッシェル結成前の○○君と一緒にバンドやってたの。俺がベースで、こっちがドラム。同級生」
降って湧いたような突然の「同級生」という言葉に驚きすぎて、椅子から軽くお尻が浮く。
「俺が初めて見たミッシェルガンエレファントは、ウエノ君どころか、まだキュウちゃんもいなかったよ。世間が知ってるミッシェルにすらなってない時期」
「ミッシェル結成した時、後から入ったアベ君はもちろんだけど、キュウちゃんもウエノ君もいなかったっていうのは知ってる?」
バンド結成期、メジャーデビューした時のメンバーの半分も集まっていない頃を知っているという中年男性。
この人達はただの同級生という間柄ではない。おそらく、「かなり濃い」付き合いがある人たちだ。
……とんでもない人の隣に座ってしまった予感がする。
バンドについて話をしていると、流れは自然とチバさんのことになった。
「チバ君は…… 残念やったねぇ。ミッシェルはチバ君が始めたバンドだからね」
2人そろって伏し目がちに足元に視線を落としている辺りが、付き合いの長さを感じさせる。
あまりに突然のことに、開いた口が塞がらない私には気がつかず、おじさん達は昔話を聞かせてくれた。
「あの頃のミッシェル本当に客がいなかったよな~。出演者と客が同じ数だったな」
「そうそう。ライブやるだけ赤字で」
「下北沢に××って店あるの知ってる?今もある?あそこで俺、大学生のチバ君と一緒に飯食ったけど餃子しか頼めなかった。懐がアレでね、ビール注文できなかったんだよ。懐かしいなあ」
出た!若いバンドマンの金欠話!
進研ゼミでやったところだ!
おじさん達が初めてミッシェルを見た頃は、当時人気があった☆というバンド風の曲をやっていたという話や、◇のような曲はウエノさんが加入後に演奏するようになった。なんていうインディーズ期の変遷も教えてくれる。
「でも◇みたいな曲は当時の流行りじゃないから客が増えなくて。あれ、誰の好みだったんだ?」
「チバ君じゃないか?俺チバ君に言ったよ。『チバ君、そんな古い曲やってたらいつまでも売れんよ?もっと売れる曲やったらいいよ』って。偉そうにねえ!恥ずかしい」
「それが6~7年したらあんなに売れるなんてねえ。俺ら見る目なかったね~ハッハッハッハッ!」
2人で手をたたいて笑っている。
私はこの見ず知らずのおじさん達から、一体何の話を聞かされているのだろう。
今日はミッシェルとは関係の無いミュージシャンの音楽を聞きにきたはずなのに。
ミッシェルガンエレファント、メジャーデビュー前日譚。
思いがけない話の続きを聞きたくて、おじさん達にくっついて終演後の駅までの道を並んで歩いた。ほぼつきまとい、不審者である。
駅でおじさん達と別れる時に声をかけられた。
「いや~お陰で30年以上前のことを思い出したよ。あれ、俺たちが19かハタチくらいの時の事だから」
「もう色々あいまいだけど、話しているうちに思い出すことがあって面白いね。昔話につき合わせて悪かったね」
とんでもない!こちらこそ貴重なミッシェル・オモシロ話をありがとうございます!楽しかったです!
深く礼をして、おじさん達とは改札口で別れる。
帰り道、ミッシェルガンエレファント黎明期を知ってしまった私の心臓は、今年1番のドキドキが止まらなかった。
なぜこんな事になったのだろう。バンドメンバーと同級生だと名乗る隣の席にいるおじさん達が、見ず知らずの私に沢山の思い出話を披露してくれたのはなぜなのか。
短い時間であまりに驚く事を聞いたせいか、狐につままれた気分だった。
ファン歴が浅い「にわか」の私が聞くより、ミッシェルに造詣が深いファンの人が聞いた方が、おじさん達も「話し甲斐」があったはず。
それでも、偶然隣になった私に当時の思い出話をしたということは、密かに語りたいという気持ちがあったのだろうか。
既に彼岸の人となった私の祖母も、晩年は若い頃の事ばかり話していたのを思い出す。人間は年齢を重ねると、昔話をしたがるものなのかもしれない。
おじさん達の楽しい記憶が残っているうちに、きわめて初期のミッシェルの話を聞けて良かった。全く、都会には面白い出会いが転がっているものである。