アートな日
少し前にアート巡りをした。
東京に出る機会があり、たまたま隙間時間があってこれ幸いと訪れたものだ。その日は雨模様のぐずついた天気だったが、美術館は屋内なので無問題である。
(画像はすべて「撮影可」とされていたものです)
1 DUMB TYPE
午前に行ったのはアーティゾン美術館。東京駅からすぐで、京橋と日本橋の間くらいにある。ここは以前、ブリジストン美術館という名で、ブリジストンの創始者石橋正二郎のコレクションを展示する美術館だった。コレクションは印象派などが多い。
この日は最上階で「ダムタイプ|2022:remap」という展示をしており、なんだかわからない現代アートが好きな自分としては「良さげじゃないか」と中身も知らず出かけていった。だいたい現代アートは理解しようとしても難しいものが多い。行って感じればいいのだ。そして「おもしろかった」「いまいちだった」の2つで、素人としては十分なんじゃないかと思う。
会場に入ってみると広い空間が真っ暗だった。
こわごわ足を踏み入れる。
いや、真っ暗なんだけど、よく見ると壁の一部にうっすらと電光掲示板のように流れる文字が投射されていたり、大きな会場の壁ぞいや、少し中央よりにところどころ何かが置いてある。暗い中を手探り気分で「何か」のところに行ってみる。
それはアナログなレコード盤で、昔見たLP版くらいの大きさのレコードが回り続けていた。今の若い人は知らないかもしれないがレコード盤に針を落として音楽を聴くアナログな機械、あれと同じものがそこにあった。けれど音楽は鳴っていない。
耳を澄ましてみると、時折スイッチが入ったようにどこかのレコード盤が鳴り始める。それは音楽ではなく、雑踏の音であり、人々の会話のようだ。それが間欠的に流れる。目の前のレコード盤に弱い照明が当たり声が聞こえ始める。終わると照明は消え、別のレコード盤に照明が当たり、そちらの声が聞こえる。何を言っているかはわからない。いろいろな言語で話しているようだ。
照明が当たると各々のレコード盤の脇に名称が書かれているのが見えた。
Reykjavik
Beijing
Munich
Tokyo
Rio de Janeiro
いろいろな都市の名。それらが何を意味するのかよくわからない。その街に住む人々の声が録音されているのだろうか。
もうひとつ奥に暗い部屋があるのに気づく。そちらに行ってみた。
そこは天井がぽっかりと四角形に切り取られており、その四角の四方の壁にひっきりなしに文字が流れていた。銀河系に絶え間なく降り注ぐ無数の流れ星のように。
その光景に圧倒されてじっと上を見つめる。
文字は、人々の名前であった。
おびただしい人の名が流れていく。
男性名とおぼしきもの、女性名とおぼしきもの、英名だけではなく、ドイツ語風やスペイン語風、東南アジア風、日本名もあった。同じカテゴリーの名前は一緒にかたまっていることが多い。アルファベット表記のそれらが飛ぶように流れていく。
ときおり、ひとりだけ孤立したRaymondや、Harmanや、だれそれがいて、でも時間がたつとその人達も群れに飲み込まれていき、別の名前が孤立して現れることもあった。
あとで解説を読んだらネット上のSNSなどでのコミュニケーションを表したものらしい。そうかもしれない。けれどわたしには純粋に、人々がたくさんの渦の中で生きている様が感じられた。いつまでも流れをながめていたかった。
(中にひとつ、Hermioneがあったのは、その名が英文字圏でポピュラーなのか、それともアーティストに誰かファンタジー小説もしくはエマ・ワトソンのファンがいたのか、どうなんだろう。)
2 アートを楽しむー見る、感じる、学ぶ
降りていくと下の階では別の展覧会が行われていた。こちらはアーディゾンが持っているコレクションの一部のようだ。印象派が多い。
入っていきなり驚いた。だってこの人がいたから。
実はオフィスの自分のデスク上にこの絵がある。もちろんそちらは量販された紙のポスターである。しかもこの絵が好きでというより、たまたま何かの時にこれがあったので安いポスターフレームに入れて壁に掛けてみて、そのまま忘れてずーっと、ずーっと私のデスク上にいたのである、このサルタンバンクは。
こんなところで本物にお目にかかるとは。あなたはここにいたのですね。
こちらの展示はよく知った印象派以降の具象画が多く、見たことはなくても作者は十分予想されるような絵が並んでいた。
同じ絵をデジタル表示すると色が全然違って違う絵みたい。
推しのカンディンスキーとも出会えて満足。アーティストで推しというとカンディンスキーが一位。二位はダリ(かつては一位だったが自分が年を取ってダリは少々脂っこくなってきてしまった)。三位は誰だろう?
出てくるとエレベーターホールには大きな像がいくつかあった。
こちらの女性もよかったが、
このお姉さんもすてきでした。おふたりとも神様。
3 桜を見に
午後は別件で用事をした後、ぽっかり空いた2時間で竹橋の近代美術館へ。
なぜか近美が好きで東京にいた頃はよく行った。ここは大きな展覧会もするけれど実は所蔵品展が好きだった。人も少ないし落ち着いて見られるから。この日も、大きな企画展をやっていたが時間がなく、所蔵品展の方だけ入った。
こちらにも推しのカンディンスキーがあったし、アーティゾンの所蔵品と似たような時代の絵も多かった。印象派からしばらくの間の絵画って好まれたのだろうか。それとも、日本人の蒐集家が集め出した頃の最先端アートだったのだろうか。
実は青木繁の「海の幸」を見たのも速水御舟の「炎舞」を見たのも、ここ近代美術館だと思い込んでいたのだが、調べたら前者はアーティゾンの、後者は山種美術館の所蔵だった。勘違いしていたのか、それとも、その時だけ何かの企画で貸し出されていたのを見たのか。相当前の昭和の時代なのでもう記憶が定かでない。
今回の白眉はここ。所蔵の中から桜ばかりをあつめた展示室。屏風がいくつあっただろう。一面に桜が咲き乱れてのみ込まれるような気がした。
連作の油絵もあった。
その中でもこの桜の圧が一番大きかったような気がする。自分的には。満開を見せていただいてありがとうという敬虔な気持ちにすらなった。桜の季節に雨にけぶる吉野山なのだけれど金箔が圧倒的で超豪華。
17時の閉館まで粘ってアナウンスに押し出される。
そして外に出ると、そこにもまた桜が満開なのであった。
この時期に東京に来られて本当にラッキーだった。
どの展覧会も2023年5月14日までやっています。
よろしければどうぞ。
【追記】
2つの美術館をはしごしたのは3月28日のことだった。
最初に見て感じ入ったDUMB TYPEは何人かのアーティスト集団であり、音楽担当として坂本龍一も名を連ねていた。
奇しくもかの人が逝去された日にこの展覧会を見られたことを、何かのセレンディピティのように思う。ご冥福をお祈りします。