ある雪の日の記憶
1980年代、東北地方は今よりもずっと、冬の寒さがきびしかった。
何度放り出されただろう。降りしきる雪が積もる、白くきびしい世界へ。
窓から地面までは90cmくらいあっただろうか。その日は母がその窓からわたしを放り出した。部屋着のままの、何も抵抗できないわたしを。
降り積もる白く冷たい雪は、放り出されたわたしを硬い地面から守ってくれた。でも雪はわたしの体温で溶け、部屋着や靴下にしみて、するどい牙をむくように刺さった。
張りつめた空気は嫌だったけどぬくもりはほしかったから、家に入れてもらえるように何度も頼んだ。放つ言葉はしんしんと降る雪に吸い込まれるようにすぐに消え、応えてくれる人は誰もいない。
あごが震える。手足がかじかむ。声が出なくなる。
暖かい家の中にはわたし以外の家族がいる。祖父母、父、母、生まれたばかりの弟。
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わたしはよく父と母の逆鱗に触れることがあった。父と母は怒り出すと人が変わったようにわたしを威嚇し、怒鳴り、殴り、蹴る。それでも外に放り出されたり、押し入れに閉じ込められるよりはましだった。
祖父母はわたしを可愛がってくれた。よく気に留めてくれた。怒られた記憶はない。むしろ甘やかされた記憶ばかりだ。
でも、父と母が怒りに取り憑かれ、わたしを痛めつけているとき、祖父母が私を守ってくれた記憶も、ない。
弟は父からも母からも、一度たりとも手をあげられたことはない。
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しばらくして玄関の戸の鍵が開く音がする。
誰の声もしない。TVの音だけが聞こえる。
少し時間をおいてからわたしは玄関の戸を開けて、しずかに家の中に入る。
わたし以外の家族はみんな、リビングにいる。
わたしはぬれて冷たくなった靴下を脱ぎ、廊下を汚さないように、ぬれた足の裏を脱いだ靴下の乾いているところで拭く。
かじかんだ手足は感覚がなくなっている。からだはただただ寒いと感じるだけ。
暖かいリビングに行きたかったが、緊張した空気にはまだ入れない。暖房のついていない部屋だが外よりは暖かいから、和室の隅にある百科事典を手に取り、寒い窓辺にかけられた床まであるレースカーテンに隠れて、一人でひたすらに読みふける。
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そのうち母がまだ怒っている様子でリビングから廊下に出てきて、カーテンに隠れているわたしの方を一瞥し、何か小言を言って2階の寝室に向かう。わたしは何を言われたのか分からなかったが、もう一度放り出されなかった安堵感を味わう。
父は何も言わず、向かっ腹を立てている雰囲気だけを放つ。祖父母は何も言わず、ただ自分の用事を済ませている。弟は...
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祖母に夕食だと呼ばれ、恐る恐るリビングに入る。
すっかり冷えたからだを、暖かな空気はビリビリと乱暴に暖める。父も母もわたしがまるでここにいないかのように振る舞う。
温かい夕食も、座っている椅子も、何も感じない。
外は雪が降っている、わたしはただこの時が過ぎ去るのを待っている。