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恋愛作家の婚活塾③「本心を知る」

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あらすじ

田坂直子は都内の羽場建設の事務員として無難に仕事し、何気ない毎日を過ごす32歳独身。本屋での出会いをきっかけに、新作恋愛教本のネタとして直子を結婚させると言い出した作家あしだじゅんこ。じゅんこのアドバイスで人生初のコンタクトにした直子。褒めたのに謙遜した直子に対して”鏡の前で自分を褒める”指示を出した。一方、結婚に対しては未だに踏みだせず、本音を探す直子にじゅんこは1週間の猶予を与える。果たして直子は本心を見つけられるのか。


2024年9月22日 7:30

ピピピ‥
ピピピ

朝だ。

枕元の眼鏡をかけ、
トイレに行く。

眼鏡を外して顔を洗い
コンタクトをつける。


ピッ

「今日の天気は曇り時々晴れ、降水確率は40%です。気温が少し秋らしくなりましたが、まだまだ‥」

あっ

「えっと、、コンタクト似合うよ、」
鏡の前で自分を褒める。
少しだけ気持ちいい朝に感じた。

「いってきます。」

◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
同日 8:50

「どうしたの!田坂さん!」

 隣の席に座る事務員の奥村さんが声をかけてきた。奥村さんは35歳で先日育休から復帰した。いつも明るく、この会社で気兼ねなく話せる唯一の女性だ。

「コンタクト、似合わないですかね」

「すっごくいい!そっちの方がいいわよ!」

 フロアに響くような声で私を褒めてくれた。

「あれ?雰囲気変わったねー!もしかして、」

「課長、人事に言いますよ」

 営業課の課長によるいつものハラを、奥村さんが鋭く切り裂いた。

「うそだよーおくちゃん。直子ちゃんは、コンタクトの方がいいと思うよ!爽やかな感じで」

 課長は新聞を片手に席に戻って行った。これまで外見を人に褒められる経験をしたことがなかったからか、

嬉しさと恥ずかしさが身体で
渦巻いていた。


◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
同日 11:45

 昼休憩は12:00からだが、近所のお店が混むので早めに出る。普段であれば、近くの中華料理店「萬月」で炒飯を食べるのだが、久しぶりに奥村さんとランチ。

「先にエントランスで待ってて」

 奥村さんはトイレに行き、私は財布とスマホを持ってエントランスへ。来客用の椅子に座りながら奥村さんを待つ。顔を上げると、人事部で同期の澤田くんが立っていた。

「あれ?田坂さん?」

「メガネからコンタクトに変えたの?」

「うん、昨日からね」

「お、いいじゃん!似合ってるよ」

「ありがとう」

 褒められ慣れてないので、まだ恥ずかしい。

「おおー澤くんじゃん!」
 トイレから奥村さんが戻ってきた。

「お昼どうすんの?一緒にいく?」

 ハンカチで手を拭きながら澤田くんを誘う。

「いいっすね!ちょうどコンビニで済ませようか悩んでたので。一緒に行ってもいいですか?」

「もちろんよ!なおちゃん、いいかな?」

「はい!もちろんです」

「僕、この辺りだと中華くらいしか行ったことないんですが、おすすめあります?」

「じゃあ、カレーでもいく?キーマカレーの美味しいお店知ってるんだけど・・・なおちゃんカレーでも平気?」

「はい!カレーいきましょう」

 私もお店には詳しくないので、案を出してくれるのは助かる。そして、前から気になっていたが1人で入るには勇気がなく断念を繰り返していたカレー店ということもあって嬉しい。

「並んでるかもしれないから早く行きましょ!って、あたしのトイレ待ちだったのにね笑」

◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
同日 12:15

 キーマカレーの上に乗る黄身をいつ割るのが正解なのか。正解は無いのだろうけど、毎回悩む問いである。

「ここのキーマカレーうまいっすね!さすが人気店だなぁ」

 私の悩みが無駄かのように、目の前にいる澤田くんが気持ちよくキーマカレーを食べる。

「でしょー!育休前もよくきてたから、あたしの子供は、ここのキーマカレーをすでに堪能してるのよ!」

 昼時の賑やかな店内は、ほとんどの席がサラリーマンで埋め尽くされている。

「それにしても本当に美味しいですね。俺、今度からここに通おうかな」

「澤田君、行くときは私も誘ってね!1人で行く勇気ないから」

 何気なく言ったが、私がこのように異性とご飯に行きたいと言い出すことがここ最近あっただろうか。明らかに何かが変わっている。

「もちろん!行こうよ田坂さんも」

 すると、机の上に置いていた澤田くんスマホにLINEの通知がきた。それを見て澤田くんは渋い顔をした。

「どうしたの?澤くん?」

「あーいや、友達から結婚式の招待ですね。おめでたいんですけど、ここ最近重なって御祝儀貧乏になりそうでして」

「なるほどね。なおちゃん、澤くんの世代だと立て続けに結婚するよねー。第何次結婚ラッシュかって言いたくなるくらいねー。あたしもご祝儀貧乏なりそうで、2、3人断ったわ」

 そういえば、先月に私も結婚式の案内がLINEできた。大学時代、同じゼミだった後輩で、そこまで仲が良かったかといえば絶妙な感じだったので欠席にした。

「澤くんはそういう人いないの?」

 少し私も気になっていたことを、奥村さんがズバリ切り込んでくれた。

「いないっすねー。この間、友だちの勧めで街コンには参加したんですけどね」

「へぇー澤くんが街コン!あんた外見悪くないんだから普通に付き合えると思うのに。んで、どうだったの?」

「んー、なんか楽しいのかもしれないっすけど、こう、結婚してやるー!の熱量が強すぎて俺はついていけなかったです笑」

 同期だが澤田くんと恋話はしたことなく、彼女がいると思っていたので意外だった。そして、婚活に前向きなところも初めて知った。

「田坂さんは彼氏いるの?」

「こら!なおちゃんみたいな素敵なレディーにいきなり聞かないの!」

「いや、大丈夫です。いないよ。」

「そうなんだ。田坂さん、急にコンタクトにしたから好きな人でも出来たのかとてっきり思った」

 コンタクトにするだけで、人はここまで印象が変わるものなのか。

「次のお客様がいらっしゃるので」

 店員が入口の方を見ながら私たちに声をかけてきた。つい長居した私たち会計を済まし、お店を出た。いろいろ感じたランチだった。


◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
2024年9月24日 19:50

 髪を乾かし、温めたお弁当をレンジから取り出す。いつもの夜のルーティーンだ。一緒なので意識しなくても動く。

突然、母親から電話がかかってきた。

「もしもし、お母さんどうしたの?」

「あ、直子?」

「梨もらったんだけどいる?」

「誰から?」

「鶴岡のおばちゃん

「送ってほしい。でもそんなにいらないからね」

 実家からはフルーツ便かのように定期的に果物が届く。以前は柿が段ボール1箱分送られてきて、処理に困ったことがあった。最終的に1人では無理なので会社に持って行った。

「あどね、お父さん今日から少し入院してんの」

「え!どうして!」

「いやね、急に蹲っていだがったから救急車呼んだのよ。そしたら尿管結石だってね。」

 内心ほっとした。父親とはあまり仲が良くないものの、それでも急に入院と言われれば心配になる。

「直子、そろそろ考えなね」

「なにが?」

「なにがじゃねよ。結婚よ」

「うん、わかった。じゃぁ、明日早いから」

 早いのは嘘で、電話を切りたかっただけだ。いつもの流れだとここからお見合いの話だの、結婚はどう思っているのだの、話が続いて仕方ないからだ。


 しかし、

 父親を心配したわずかな瞬間に、将来が頭をよぎった。今回は尿管結石だったが、もし脳梗塞や心筋梗塞だったら父は死んでいたかもしれない。

 結婚は私の人生であり、私の問題なのには変わりない。だが、親への感謝、孝行という点も踏まえるとどうだろう。

___私は一生後悔しないだろうか。

 周りの友だちは結婚して子供もでき、楽しそうな生活を築く。一方、39マートの弁当を一生食べ続け、お金が貯まったら1人で暮らすためのマンションを購入し、週末は旅。誰に何を言われることもなく、人生を終えていく。

ただ、私は心から望んでいるのだろうか。

 ふと、机の上にある名刺を眺める。


作家: あしだ・じゅんこ

 名刺の主と出会って、私は人生で初めてコンタクトにした。コンタクトにした瞬間、何かが変わった気がした。ハラスメント課長が初めて外見を褒めてくれた。奥村さん、澤田くんと楽しいランチをした。澤田くんに、またカレー食べに行こうよと言った。

 最近感じていなかった、嬉しいと恥ずかしいを
両方身をもって感じることができた。


私は、洗面台の鏡の前に立った。

「私は素敵。楽しいランチを共にできる素敵な人たちがいる」

 心の中に広がる本棚から、必死に1冊を探した。その本は、私自身を語るうえで大事な1冊だ。

本心という1冊。

そして、見つけた。

「私は、結婚して幸せな生活を送りたい。両親を安心させたい」

 何気なく、乾いたばかりの長い髪を結んだ。

◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
同日 21:00

テレレレレン テレレレレン

ガチャ


 じゅんこは、何かを食べながら電話に出た。

「どうしたの、なおちゃん。あ、もしかして」

「夜遅くにごめんなさい。どうしても今のうちに言いたくて」

 次の一言がなかなか言えない。まるで接着剤で口をふさがれているような感覚だった。

「結婚したいの?」

 少しの間を気にして、じゅんちゃんから先制をしてきた

「私、結婚して幸せになりたい」

「プフ」

 勇気をもって発した言葉を、軽く笑われた。

「なんで笑うのよ!!」

「ごめん、ごめんご。違うのよ。電話ではっきり言われる機会ないからこっちまで恥ずかしくなったの」

 だんだん恥ずかしさが身体に伝わってきて、熱くなってきた。

「でも、よく決断したわね。そしてどうやら課題もクリアしたようだし」

「課題?」

「そう、本心を知るという課題よ。自分が感動するのはなにか、どうありたいのか。あたしが出来るのは、あんたを結婚まで導く方法を伝えるだけ
でもね、本心を自分で理解できないままだったたら、外見だけ変わって、中身が伴わないのよ」

 たしかに、これまでの人生で本心と向き合うことがあまりなかった。むしろ、中学時代に先輩に告白したことくらいだったかもしれない。

「じゅんちゃんは、私が結婚したいって言うと思ったの」

「んーまぁ、言うだろうなとは思った。じゃなきゃコンタクトにしない。でも、もし言ってこなかったらまたネタになる人を探そうと思った」

 どこか、じゅんちゃんに操られている感じもしたが、これは私の本心だと思うと、なにか軸のようなものを感じた。

「じゃぁ、また日曜日来て。いよいよ本格的に行くわよ」

「はい、おやすみなさい」

 いよいよ、私の生活が変わろうとしている。恐怖よりも楽しみを感じている自分がいた。机の上にある弁当を温めなおし、食べた。

つづく。

_____
今日の日記

コンタクトを褒められたのが嬉しい。
自分を変えることができている。

本心を知る。




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