デブ、坂を上る。

 私は自転車、ロードバイクにハマっている。乗り始めたのは15年ほど前だが、その頃は楽しく近所をちょい乗りしているだけで、やはり車遊びのが楽しくその後乗らなくなり、ブランク数年を経て、5年ほど前に戻ってきた。ロード乗りに戻ったのは、乗っていて楽しい車から降りたということ。30を過ぎてから急激にだらしのないお腹になったこと。だったら楽しい乗り物カムバックというわけである。
 さて、楽しい乗り物ではあるが基本はスポーツ機材、苦痛が伴うものである。そう、上り坂である。乗ってみてわかるのだが、上り坂は車体の軽さや回転系部品の抵抗の少なさはもちろん、人間の軽さも重要な要素となってくる。だらしのないお腹と、平坦で気持ちよく進むロードバイクのおいしいところだけを楽しんでいた私には苦痛でしかない。その平坦も速いかと言われるとそうでもないが。
 そもそも私は運動全般苦手で、子どもの頃から筋力も持久力も、全てが人に劣っていた。だからこそ、誰とも比べられない大人になってからの趣味としても最適なスポーツだと思って遊んでいる。しかし、道は平坦だけではない。おいしいところだけつまみ食いしていてはダメなのだ。そうして私は、ロードバイクカムバック5年目?6年目?にして、重い腰を上げて自ら坂を上ることを決意した。

 ただ目的地だけを決めて走った。斜度の緩い長距離だ。長距離と言っても片道40km弱で、今まで平坦で遊んでいた距離を考えるとたいしたことはない。ただ、激坂のない40kmを走るだけだ。そう、激坂はないから行けるはずなんだ。帰りは下り坂、ご褒美だ。そう思いながら脚を動かす。ただ粛々とペダルを回す。
 するとどうだろう、ルートの選定に間違いがあったようで、存外楽に走れてしまう。これは思ったより早く帰宅できるぞ。この思考がいけなかった。緩い坂の連続に、たびたび現れる距離の短い、激坂とは言えないが斜度の上がる区間。調子に乗って使った脚。心が砕かれていく。そしてさらに追い討ちをかけるマイルール。休むダンシングと上ハンを禁止しているため、より負荷がかかる。最後までこれを守り切った自分を褒めたい。
 だらだらと続く坂。たまの平坦を休憩と見なして、また上る。最初は自分で言い出して始めたが、途中からそれに対して理不尽な怒りを覚えていた。その後、自分に対する不条理か怒りさえも考えられなくなり、ついには脚が思考から切り離された。ああ、これがゾンビ走法というやつかと認識した。なお、ゴールまでの平均斜度は3.8%である。ロードバイクを楽しんでいる人ならわかると思うが、たいした斜度ではない。距離とペース配分により、自らゾンビになったのだ。

 そんな間違いゾンビも人間に戻る時が来る。ゴール地点への到着だ。道の駅に到着し、ソフトクリームで糖分を補給すると、瞬く間に人間に戻ることが出来るのである。結局、人多すぎ値段高すぎ(300円)で諦めてリアルゴールドでの蘇生となったのだが。
 蘇生、回復からの帰り道は別ルートでほぼ下り坂と平坦。坂は少ないが斜度はある。調子に乗らず、車と信号に気をつけて、往路と同じく粛々とペダルを回す。スマホと連動しているサイクルコンピュータに表示される、嫁からの「いつ帰ってくるねん」という予想以上に早いお怒りを見ながらも進む。
 往復80km弱、片道ほぼ上り坂。今まで平坦のぬるま湯につかっていた私にはこの程度でも少々キツかったが、自信はついた。次回はゾンビ化しないよう、いや、逆回りで達成しようと誓った。
 なるほど、これが坂にハマる心理か……。

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