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雑談とは何か

これはchatbotに雑談をさせる為に調べたことが主で、最近だとLLMへの指示にも役立っているが、ASD傾向のある人間には実践知としても有益と聞く。確かにあまり知られていない学術分野に思うので少し整理しておく。

そもそも何故話すのか

無言だと気不味いというのも間違いではないが、敢えて話してそのマイナスを解消するだけでは意欲が湧きづらい。人間にはコミュニケーションを求める根本的な欲求があると認識した方が健全ではないかと思う。(ただSNSなどの存在がその強度を高めている可能性は大いにあるが。)

つまり会話の中でも雑談は手段というより目的そのものである。この自己目的性を理解すれば「中身の無さ」などはむしろ雑談の本質であることが分かる。

言語学からの理論

言語学者グライスは会話において次のルールが守られていることで「言外の意味」が伝わるのだと分析した。(協調の原理)

  • 質の公理:虚偽や根拠の無いことを言わない

  • 量の公理:必要十分な情報を提供する

  • 関係の公理:関係のある内容を言う

  • 様態の公理:簡潔に分かりやすく表現する

例えば「先生は人物だ」といった表現がある。この「人物」をただ人間の意味に取ると普通は情報のない発話になってしまうが、それは量の公理に違反する。つまり「人物」は違う意味になるはずで、この場合「人格・才能などのすぐれた人」の意味で解釈すべきだろう。

ここで「情報」について補足すべきかもしれない。今言っている「情報」は聴者にとって未知なこと全てを意味しており、何かの役に立つとかの含意は全く無い。食事中の「美味しい」「ね」といった会話は別に目的は無いものの、自分の美味しいと感じたことが相手にとっては新情報となっている。

情報工学からの理論

対話システムの研究ではタスク志向型・非タスク志向型という分類がある。

タスク志向型とは言わば目的のある会話で、関係の公理が更に厳しく「その目的と関係のある内容を言う」要求になったものとも言える。企業サイトで故障などの問い合わせをするとこのタイプの対話インターフェースに遭遇することが多い。そのタスク(目的)は「故障の内容を把握し対応を決定する」ことになるだろう。

雑談に「内容が無い」と言う場合はこの「目的」の不在を示しており、雑談は非タスク志向型に当たる。これは自己目的性の言い換えでもある。

ChatGPTなどLLMの会話生成では一見明確なタスクが無いが、「〇〇って知ってる?」など問い掛けると概要をかなり事細かに説明してくる。これは雑談のノリで言えば量の公理を逸脱した情報量であり、暗黙に「ユーザーの知りたいことを解説する」というタスクが設定されていることになる。文字数などの数字で明確に指定しないとこうして長くなる傾向があり、タスク志向型に強く訓練されていると推察される。

発話ごとの分類

オースティン、サールといった言語学者は発話行為論を展開し、個々の発話の機能について研究を行った。そこでは発話の持つ効力によって実現される行為を発話内行為と呼び、サールは(オースティンの分類を改訂し)次の5つに分類した。

  • 言明:物事の様子を伝える

  • 指示:聴者をある行為に仕向ける

  • 話者拘束:話者の行為を拘束する

  • 宣言:発話と共に何かを実現する

  • 感情表出:話者の感情を表す

「発話の持つ効力」とは何か? 例えば約束を口にすれば、社会通念上それを守らなければならず、ここに話者拘束が発生する。指示の場合、聴者は必ずしも従わなければならない訳ではないが、行動を起こさせようという働き掛けになっているのは確かだ。

またバンドなどの解散を考えてみよう。その告知時期や法的・書類上の扱いなどにかかわらず、解散は「解散を宣言した時点」で起きると我々は考える。何かを宣言することそのものがそれに効力を与え、現実を変容させるのだ。

言明や感情表出は情報伝達を行うものだから、具体的な行為には関わらない。伝わった時点で役目を果たしている点で働き方としては宣言に似ているが、それで何かが起きる訳ではない。具体的な行為、とは世界(言葉の上と対比される、物理世界)に影響することとも言い換えられる。

実例の分析

サールの分類を実際の(フィクションだが)雑談に適用してみよう。以下は『ぼっち・ざ・ろっく!①』p.26からの引用である。

  • ぼっち「あっそういえば二人とも 同じ学校…」

  • 虹夏「そう! 下高」

  • リョウ「二人とも下北沢に 住んでるから近いところ選んだ」

  • 虹夏「ぼっちちゃん秀華高って事は 家ここらへんなの?」

  • ぼっち「あっいや県外で 片道2時間です」

  • 虹夏「2時間!? なんで!?」

  • ぼっち「高校は誰も過去の自分を 知らない所にしたくて…」

  • 虹夏「学校の話終了~~!」

「そう! 下高」「二人とも下北沢に~」などは情報提供であり、はっきり言明と分類できる。しかし「二人とも同じ学校…」「家ここらへんなの?」などは暗に明に情報を引き出そうとする発話で、言明ではないが指示というほどでもない。何か行為(世界の様子を変えること)をして欲しい訳ではないからだ。

こうして考えると、サールの5分類は世界に対する行為に比重を置き過ぎているように見える。荒木他の発話単位タグ標準化案においては情報の遣り取りに関して次の分類(タグ)が置かれており、雑談の分析には特に有用に思われる。

  • 真偽情報要求

  • 未知情報要求

  • 情報伝達

これも用いつつ改めて分類してみよう。

  • ぼっち「あっそういえば二人とも 同じ学校…」←未知情報要求

    • 「そうだね」「正解」などで終わると不自然なのだから情報要求と解釈して良いだろう

    • 単に気づきを伝えるものとして情報伝達にも取れる

  • 虹夏「そう!」←感情表出

    • 相槌は情報などの提示を受け取った確認だけなのでやや分類しづらい

  • 虹夏「下高」←情報伝達

  • リョウ「二人とも下北沢に 住んでるから近いところ選んだ」←情報伝達

  • 虹夏「ぼっちちゃん秀華高って事は 家ここらへんなの?」←真偽情報要求

  • ぼっち「あっいや県外で 片道2時間です」←情報伝達

  • 虹夏「2時間!?」←感情表出

  • 虹夏「なんで!?」←未知情報要求

  • ぼっち「高校は誰も過去の自分を 知らない所にしたくて…」←情報伝達

  • 虹夏「学校の話終了~~!」←宣言

恐らく他の例であっても、実に多くの発話が情報の要求・提示で成り立っていることに気づくはずだ。雑談は情報の小出しによってそれ自体の継続という目的を達している。

デッキの比喩

VTuberの界隈では「会話デッキ」という概念がある。元ネタはこれだと思うが、個々の話題をTCGのカードに例えるものだ。これはいくつかの話題を「情報の要求・提示」で展開するという会話の特徴をよく捉えた比喩と言える。

気候について言えば「最近寒くなって」といった始動(情報伝達・話題の提示)に対し、無難に行けば

  • 「ほんとこの格好でも寒くて」「布団から出にくくて」など自分に絡めた掘り下げ

  • 「本格的に冬って感じですよね」「○○では雪が降ったとかね」関連した時事的情報

  • 「あー寒いの苦手ですか」「今日の格好モコモコですよね」などの相手に絡めた掘り下げ

といった展開が考えられる。情報伝達に対してはその情報や会話の状況について掘り下げるのが定石と言える。

原理的にはこうして自分と相手どちらかでも情報を持つ話題なら展開が可能だが、現実には興味の無い話題をひたすら掘り下げても負担が大きい。共通して興味のある話題の利便性はそこにある。

しかし結局…

そう、結局は取り留めもない話が好きな人間もいれば、何か「役に立つ」情報交換が好きな人間もいる。相手の反応というフィードバックを元に戦術は修正されなければならないだろう。


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